眉間・頭頂のプラーナ活性 2025年12月〜2026年1月の瞑想録

2025-12-02 記
トピック: :スピリチュアル: 瞑想録


眉間の前(少し右目寄り)で空気のようなものがボンっと前方向に爆発した

その爆発と共に、衝撃波が眉間から飛び出て5〜10m前にまで飛んだように思います。



その時、就業中でデスクに座りキーボードを打ちながらディスプレイを見ていました。その前から少し意識が朦朧としつつも就業時間中でしたので何とか誤魔化しつついたのですが、不意にそのようになり、目線が右の前(奥)の方に向きました。

音が誰かに聞かれたかもしれませんが意外に周囲は無反応で、もしかしたら自分しか聴こえていなかったのかもしれないですし、仕事に意識が向いていて他の人のそんな音を聞いていない人がほとんどだったのかもしれません。

圧縮された空気が開放されるような感じで、感覚的にはサッカーボール大くらいの爆発が起きて、その衝撃波はもっと広範囲に広がったように思いますが概ねボール程度の大きさ、そしてその周囲には半径1m前後の衝撃波、そして、その衝撃波の小さなものは前向きに5mかもっと先の方まで届いたような気もしますが定かではありません。

少し前に胸のハートで同じように爆発したことがあり、チャクラの前方向が開いた時の経験だったと理解しています。

そうであれば、サードアイの前方向が開いた可能性があります。少し様子見をします。最近は認知が高まっていて、目及び視界がはっきりとしてきましたのでその可能性はあるように思います。かと言ってすぐに今まで見えないものが見えるようになったわけでもありませんが、この種の認知というのは普通の視野の拡大ということだと思いますので、認知が高まってきたということはその延長線上のものがあるのかなと思います。

本山博先生の著作に以下のようにあります。

「白色の輝く光が眉間から出る経験をします。」「密教ヨーガ P207」
「白色というか、透明な光が眉間から出る。(中略)それが、カラーナの次元で目が覚めてきたという状態を示す大きなしるしの一つなのです。」(チャクラの覚醒と解脱 P220)

同書では「白色の光」とあり、光と言われるとよくわからない感じではありますが、空気の爆発は人によっては光とか透明な光、と表現することもあるかもしれません。ですので、同じことを言っているのではないかと推測します。

又、同書には「神様の声が遠い谷間からのこだまのように聞こえる」とありますが、それっぽいものは以前からあって変わりませんのでそれには該当しないというか特に新しいものではありません。

そして、「カラーナの次元で目覚めるとカルマを超えられる」、とも同書にありますが、確かに、この感覚はそういうことかもしれません。

おそらくは、他のチャクラなど一部はカーラナ次元で目覚めていた、しかしアジナではまだだった、と、そういうことではないかと思うのです。

ところで、空海が四国の室戸崎の洞窟で修行していた時に「明けの明星」が口に飛び込んできたという逸話がありますが、その話を文字通り捉えれば「入る」ということで、私の場合は「爆発」「飛び出る」という点で違うわけですが、広く捉えるのであれば同じ体験だった可能性もあるように思います。その経験があった時にたまたま目線の先に明けの明星が見えていたのならば私もそのように思うかもしれません。爆発があった時、衝撃波があったという点と、前方向にその衝撃波を感じた、ということは、認知の違いによって、もしかした状況次第では逆に「入ってきて、入ってきた時の衝撃で爆発した」と解釈したかもしれません。

と言いますか、私が「爆発」「衝撃波が飛び出た」と感じているだけで、本当は何かが入ってきた可能性すらあります。

とは言いましても、冷静にその時にことを思い返してみるに、やはり「爆発」「衝撃波が飛び出た」という方が正しい気もしますが、とりあえず、幾つかの可能性を秘めたまま、完全なことは保留にして様子を見たいと思います。





左目の付け根の下側が活性化した

主にこれは瞑想の効果と言っても良いわけですが、その変化が起きた瞬間は必ずしも瞑想の時ではなくて、この時は車を運転している時に不意に起こりました。ここは元々左右差があって、右側は割と通っていた部分ですが左側の通りが右ほどではなかったのです。

エネルギー・ルート的には頬を通って目の下及び少し裏側を通り眉間で繋がるルートで、ヨーガでいうところのイダ(左)とピンガラ(右)に相当し、ピンガラの方は眉間のところまで繋がった感じがあるものの、イダ(左)の方は左目の根本のところに壁があるような感じでした。

以前はその壁は顕著でしたがここ最近は割と壁が解消してきたと言いますか、壁と言いつつも解消する時はその内側が通るので必ずしも壁というのは正しくない面もあるのですが、壁といえば壁なのです。壁というとその上を通り抜けるというイメージをされるかもしれませんけど、壁ではあるものの、解消はその下側がぽこっと膨らむような感じでエネルギー・ルートが通るのです。

それは、風船が萎んでいるのを膨らますような、あるいは、ペシャンコになっている水道のホースあるいは消火栓のホースが水が通ることで膨らむようなもので、裏側と言いますか内側が膨らむわけです。

そのように、左目の方が通る時は内側が膨らんだ感じがあったわけですが、眉間の方から左下の方に働きかけてもなかなかうまくいかなったわけです。

それが本日、目よりも少し下、鼻の中央部の少し左側がぽこっと膨らんだのと同時に、イダのルートとして、頬より下から頬を通って左目の根本に至る部分が膨らんで伸びた感覚がしたのです。

ということは、眉間の付近だけではなく、その少し下も塞がっていた、ということになります。ですから、眉間の側からアプローチしてもなかなかきちんと開かなかったわけです。

やるべきなのは、そのように眉間の方からアプローチするのは必要だとしても、その逆側、イダの下側、左頬の方から眉間に向けて通すことだったわけです。

この時は明確にそれを意識していたわけではなくて不意にそこが膨らんで通ったわけで、眉間に集中して通そうとしていたためにその部分にも影響が及んだということかと思います。

鏡で見てみると左目の方が小さい感じで、少し前まではかなり左右差があったのですが、その差が縮んだわけです。まだ左右差はあって右目の方が開きやすいですが、そこまで気になる感じでもなくなってきたように思います。

このことで、左目の根本をもう少し意識してあげるだけできちんと開く素地ができたようで、左側がきちんと通るのはもう一息、という感じが致します。





顔の前面を全体的にプラーナで膨らませる

少しづつ、しかし確実にプラーナを通していきます。

基本はイダとピンガラ、それが眉間で合流します。頬の方から眉間へと繋がります。頬から下もありますけど基本的には顔の周辺に集中します。

プラーナが膨らみきっていないところ、そこにプラーナを通し、風船を膨らませるように、皮膚の下にプラーナを通しておきます。

一旦通るとぷくっと膨らむ感覚がありますがそれで終わりではなくて、何度も膨らませてあげる必要があります。安定はしていないので、色々なところを何度も膨らませるわけです。

・頬から鼻の下にかけて
・眉間から左右それぞれの頬にかけて
・眉間そのもの
・額の下寄り
・眉毛の間
・喉の奥の少し上側

などなど、各所を緩めていきます。

基本は、「力を入れず、しかし、意識を当てる」と言うことを行います。基本的にはケチャリムドラを使います。それが届かないところには意識だけでそこにプラーナを通します。そうして意識を当てていると、不意に「ボコっ」と言う感覚と共に膨らむあるいは軟骨が伸びたかのような感覚がして、その部分にプラーナが通り始めます。ですが少し緩んだだけではまた戻るので、また同様にして通してあげます。2回目はより通りやすくなります。最初に通すのは時間がかかることがありますが、既に何回も通しているのでそこまででもありません。硬い部分を見つけたら、ポイントを見つけて、そのツボのようなところにケチャリムドラも使いながら意識を当てて緩めていくわけです。





頭の上のサハスララが広がったら無心が深まった

瞑想で、目の高さよりも上の部分が柔らかくなって広がりを見せたと同時にオーラがより通りやすくなりました。

境目の高さ的には目の高さよりも後頭部の方が下がっている感じで、その部分より上が活性化してきている感じです。顔の前面は目の高さ、後頭部に関しては中央部、それらを繋ぐようにぐるりと回った部分を境目にして、それより上の方が光を帯びているような、プラーナが増えたような感じになってきています。

これを「開いた」と言えばそうなのかもしれないですけど、開いたというよりは活性化及び光っている、プラーナ(オーラ)が発せられている感じです。

そうすると、より雑念が減り、無心が深まります。思考することもできますけど、その思考はより深いものとなっています。

頭の上の方は開いた感じになった一方で、目の高さにおいてぐるりとはちまきを巻くように何か硬い輪っかのようなものをかけられている感覚です。これは全体に対して頭の上の方が先に開いて、目の高さの部分や後頭部もそれに続くように次第に崩れて柔らかくなっていっていますので、過渡的上たとして部分に差が出ているのかと思います。上の方が崩れて柔らかくなったことで、目の高さの部分も解けてきているわけです。

こうして、頭の中心から眉間および額の下寄りに繋がるルートもより活性化、太くなり、エネルギーがあと少しで眉間を突き抜けそうな感覚があります。あとは眉間の皮膚及び頭蓋骨を越えればエネルギーが眉間から外に出て前方向に広がりそうでいて、まだあと一歩、と言ったところです。

そのようなエネルギーの変化があれど、基本は無心が広がっているのです。

無心があって、その上で、エネルギーの活性化があるのです。

おそらく、仏教やヨーガの修行者が言っていた頭頂の大日如来あるいはサハスララ、はたまたブラフマンの門というのはこういうことなのではないかと思うのです。

そして、特に仏教の人が言う「思考を止める」と言うのも、「結果」として、確かに、そうなのだと思います。それは何の結果かというと、サハスララあるいは大日如来、はたまたブラフマンの門を開けたことによる結果として、無心が広がるということなのです。

ですから、よくある誤解あるいは修行の一貫、はたまた「理解すべきこと」かのように言われている「無心」が、それが実は「結果」と言うことなのです。それはというと上記のような状態になった結果としてそうなる、と言うことであり、無心あるいは思考を止めることが「行うべきこと」ではないのです。これは重要な点です。

修行者はよく勘違いをして、「修行」と称して「思考を止める」、そして無心を目指すと言うことをします。それはサハスララを開いた結果でしかありませんから、そのこと自体を真似をしても対して効果がないどころか、そのようにエネルギーを与えることで更に雑念が増えるだけなのです。

はたまた、考えすぎの人に対して「考えすぎ」とか「考えないように」みたいに言ったとして、それがどれだけ効果があるかというと疑問で、逆に、考えるのが普通であるのならば、とことんまで考えるべきなのです。それが人としての理です。それを、何を勘違いしたのか、修行と称したりはたまたスピリチュアルのあるべき姿とか言って考えないように勧めたり、時には高額セミナーに誘導したりします。それは時間を少し無駄にするくらいならともかく、カルトで散財させるのだとしたら罪深いことです。

物事は、もっと単純なのです。

サハスララを開ければ無心が広がる。

ただ、それだけのことなのに、色々と誤解はたまた考えすぎて様々な回り道をするのです。

もっと無心の状態が進むと、もはや何も喋る気も失せるかもしれません。ですから、蛇足だなと思いつつも、今のうちに、気がついたことを記録しておきます。このように書くこと自体がある意味無駄で必要ないと言えばそうなのですが、間違った道で迷っている人も多いので、頑張って筆を動かして言葉を残している、と言う、そのような状態であるわけです。





眉間の中央に芯が通って皮膚まで届きかける

皮膚に感触があり、あとちょっとで眉間のエネルギーが(頭の中央から)突き抜けそうな感覚があります。

少し前までは、眉間の「頭蓋骨と皮膚」が壁になっている感じでした。

本日の瞑想で、眉間の頭蓋骨部分に(体の内側の方から)オーラが「棒」のように浸透し、鉛筆ほどの太さの光あるいはオーラの柱になって眉間を前方にあとちょっとで突き抜けそうな感じです。それに呼応して、頭の各所でも広がる感覚がミシミシ、バキッと何度もします。その感覚自体は割と慣れたものだとしても、今までの積み重ねの上に更に広がる感覚があります。

頭の内側と外側の皮膚の間に何か別のオーラの層が挟まっていて、皮膚と頭蓋骨が密着していた部分が剥がれて動きができる、そして、その動きができる間の部分にオーラが通って意識が活性化する、という感覚です。

以前も眉間の部分に時折これに近い広がる感覚がありましたが割とすぐに戻ってしまっていて、今回は割と安定している感じです。おそらくは頭の各所が活性化したことにより皮膚の伸びやエネルギーの濃さ・太さが変化し、安定しやすくなったのかと思います。

眉間にオーラが溜まることで意識の状態も活性化しますし、無心も安定します。

これがアジナ・チャクラの活性化に繋がるのだと思います。





眉間の皮膚と頭蓋骨の間にプラーナを入れて隙間を作る

瞑想の基本は眉間に集中することなわけですが、段階があるように思います。

段階1:眉間(鼻根から鼻背にかけて)に意識を集中させ、固い風船を膨らませるように、皮膚と頭蓋骨の間にプラーナ(エネルギー、オーラ)を通して「ぷくっ」と皮膚が膨らむ感じになるまで瞑想を続ける。皮膚が膨らむと、下半身のお腹(マニプラ、スワディスタナ)にまでエネルギーが通るのを感じます。鼻とマニプラが繋がっているというお話がヨーガでありますが、この段階でそれを実感するわけです。

最初は何もそういうことが起こりません。かなり瞑想を続けると、何時間か瞑想をした後に不意にこのような状態になることがあります。更に何ヶ月も瞑想を続けると、この状態になるまでの時間が短縮されていきます。1時間、30分、10分、5分と短くなり、やがて、日常生活で眉間を意識するだけでこのような状態になるようになります。そして、次第にこの状態が普通になって、いつの間にか、エネルギーが通っているのが普通になり、そうなると膨らみという感覚はよくわからなくなりますがエネルギーは通っている状態になります。

そうなるにつれ、エネルギーの束が首や頭の中心から眉間にかけて伸びている感覚が強まります。

実のところ、一時的に起こっていたエネルギーの通る感覚とは、細いどこかのルートを通ってその瞬間あるいは短期間のみエネルギーが繋がっていたということであり、それが太くなると常時繋がっている状態に変わっていくということです。

そうなってくると、眉間のみならず、首から頭の中央、後頭部、頭の中央から上、頭頂など、各所まで繋がっているプラーナが太くなっていくわけです。

基本は眉間であるわけですが、神智学の記述あるいは「光の手」などの書物によれば眉間には頭の中央から伸びている2つのエネルギー・ルートがあって、一つは眉間(鼻根から鼻背にかけて)、もう1つは額に繋がっていると言います。

その両方が、活性化してきているのを感じます。

・眉間(鼻根)→ マニプラ(お腹、丹田)
・額 → アナハタ(ハート)

だいたい半年遅れで眉間から額に重点箇所が移ってきています。

少し前までは額の方はまだまだ固い感じでしたが、まず眉間の方がそれなりに活性化してきて、次に、少しづつ額の方も活性化が始まってきています。こうなると必ずしも額だけというわけでもなく後頭部や盗聴など各所が活性化してきています。

どうも、眉間(鼻根)が活性化してくると他の箇所は多様に分散して活性化してくるように思うのです。であれば、瞑想で眉間に集中する、というのはそこが基本のポイントになっているからだということがわかります。

そうして、まずは眉間にてプラーナを集めてぽこっと皮膚を持ち上げるように膨らませて活性化させ、次は、額にて同様にプラーナを入れて、頭蓋骨と皮膚の間、そして、頭蓋骨の中にもプラーナを浸透させて中の方も緩ませていくわけです。

「皮膚と頭蓋骨の間を膨らませる」ことは始まりではあるものの終わりではなくて、結局はその中の方も緩ませるわけですから、まず硬くてエネルギーが通らないところを部分的にぽこっと通してあげる必要があるわけで、最初はそのように局所的ではあるものの、全体的にプラーナを通して中の方まで緩ませていくわけです。