世間でワンネスとか言われているのは、都合の良い道具に成り下がっています。それは一時的なワンネスでしかないわけです。その、一時的なワンネスの状態において自身に都合の良い契約を取り付け、その後、他者から利益を最大限に引き出すのです。
よく、約束を守るのが良くて破るのが悪い、と言われます。西欧の契約社会においてはその理屈を元に、約束を守るのが善で破るのが悪と見做されます。
これは、相手が理解しているかどうかは関係がない、というのは、少し前に書いた通りです。とにかく約束・契約さえ取り付けてしまえばそれで良いというご都合主義であり、契約の通りにする方が善で、しない方は悪であり、悪であれば攻め込んだり滅ぼしたりしてもよく、そのとき攻めた方は善の英雄と見做される文化なのです。これを文化あるいは風習と呼んだのは、それが永久不滅のことではないからです。
約束をしたとして、不平等な条約であれば一方的な破棄というのも世の中には普通にあります。それを約束違反だという人もいるでしょうが、片方が過剰な利益を得る状態においてNOを言うことができないのならば奴隷は永久に奴隷のままいるしかなく、弱い者は永久に大人しくしていなさい、と言っていることに近しいのです。
約束を破棄していいのは、それが(片側でも)依存によって成り立っている時です。お互いに自立しているときは問題ありません。雰囲気によって一時的なワンネスを作り出す時、そこには、依存するために他者を利用するという意図が隠れている場合が多々あるのです。これは、精妙で、わかりにくいお話かもしれません。
本来、人は創造的であり、自身で人生を作っていけるのです。それが、創造的ではない場合、他者に依存してしまうのです。依存するばかりか、他者の足を引っ張り、他者を動かして自身の利益を得ようとします。それは、当人が創造的ではないために自分で何かをすることができないのです。そういう人が、約束やら契約やらとで他人を縛り、自身の創造力のなさを棚に上げて、他者の利益を享受する、はたまた、時には成果泥棒をして自身が生み出したと傲慢にも主張するのです。よくあるお話です。
ワンネスあるいは雰囲気の良い状態にはとにかく気をつけるべきです。この世の中は騙してくる人がとにかく大勢います。そんなこと言われなくてもわかっている人も大勢いるでしょうが、表にはよくわかっていないスタッフを配置して対応させ、黒幕は隠れているなんて良くあることです。
音楽も使い心地の良い環境というものを作り出し、進んで喜んで搾取される状況を作り出しているのです。
悲しいことに、スピリチュアルや精神修行ですら、そのようなことに用いられることがあります。
ですから、基本的にはスピリチュアルや精神探求とは個人の活動であるべきかと思います。
団体になると容易にカルト化し、大金を払う高額セミナーを作り出します。そして自信を正当化します。正当化するのはそれが一時的にでもワンネス状態を作り出すからですが、そのくらいであれば1万円かそこらの普通の音楽フェスにでも行った方が余程ワンネスかもしれないのです。何十万も払い、一時的なワンネスで喜んでいる人が大勢いるのです。
ワンネスだとか色々なことを言っておいて、自身の思想に引き込もうとしているだけ、という残念なお話は沢山あります。
一見すると良いことをしているように見えても、結局、自身の影響下に他人を引き込みたい、自身の影響力を高めたい、というエゴが大きかったりします。それに気付かず本当にいい人や団体と思い込むお花畑の人が沢山いて、自己満足に浸っています。
世界を救うとは、そういうことではないのです。
多くの場合、ワンネスといいつつ自身の好みに合わせて、自信が「良い」と思うことを「選択」して「これがワンネスだ」と、ワンネスを選り好みしています。
それの、一体、どこがワンネスだというのでしょうか。
ワンネスとは、「全て」です。では、全てとは何でしょうか。それは文字通り全てです。この地球や宇宙の全てです。
地獄や天国、はたまた砂漠や都市、奴隷や王様、ダンサー、海、陸、空気、星、惑星、そのようなもの全てが含まれるのがワンネスです。
ご都合主義で「これはワンネス、これはワンネスではない」などと、自身の好みで選り分けたり、時にマウンティングの道具として他者より自身を上に置くためにワンネスが存在しているのではないのです。
本当にワンネスというのは、どんな環境にでも飛び込むことです。
では、ただワンネスで話が終わるかというと、ワンネスであれば地球や宇宙のために尽くすというお話に繋がります。何故ならワンネスの範囲は地球や宇宙だからです。ですから、俗にいう「地球を救う」というお話はワンネスから現れます。
ワンネスと言っておきながら、その意味がわかっていない、理解も足りない、地球を救う気概もない、ただお花畑で自身と他者を分け、呑気にも「このワンネスで地球は救われる」みたいに想像したとして、それでは地球は救われないのです。
確かに、死後、自身が望む世界にその人は行きます。天国に行って、とても長い時を幸せに暮らすかもしれません。ですが天国は期限付きの場所です。その当人の良きカルマが尽きれば地上へと戻ってきます。その地上とは、かつて問題だらけで離れた筈だった地球です。そしてまた、地上を救うかどうか、救おうとするかどうか、という選択に再度対面するのです。
地球を救わず、自分たちだけ天国に行き、そしてまた地上へ戻ってくる。そのループを繰り返すのです。
そんなことより、本当のワンネスを知って、地球を救えばもうループは終わるのです。そのような人は稀ですが、ほんの僅かでもそれに気がついて偽物のワンネスを辞めて本当に地球の全ての生き物や存在がワンネスとして活動するならば、地球は救われるでしょう。そうでなければ、ワンネスを口だけの道具として他者を操るだけに用い、ワンネスを語りつつ他者を奴隷化し、使役することを正当化するセリフとして偽物のワンネスが闊歩することになるでしょう。
地球上で、毎日、カフェやどこかで心地よく暮らしている人が大勢います。その一方で、奴隷に近しい人が大勢います。そのような奴隷が大勢いる状況では地球は存続しないでしょう。
多くの自称スピリチュアリストがカフェや友人たちと楽しく談笑して「私たちはワンネスだね」みたいに笑顔で話をしているとして、その陰で、多くの人々が奴隷あるいはもっと酷い状態で毎日労働に従事し、かたやカフェでワンネスを語り合っている人の生活を陰で支えているのであれば、そのような状況が継続することを神様は許さないでしょう。
カフェで心地よいことを話し合って自己満足し、その一方で、奴隷や苦しい生活をしている人に対して冷ややかな目線を向ける。それがこの世界における中途半端なワンネス思想の実態ではないかと思います。本当にワンネスであれば、そのような苦しい生活の人を助けるということになる筈ですが、本当のワンネスではないためにそうはならないのです。
多くのタイムラインにおいて神様が「この世界は、もはや救いがない。やり直そう」と決断して時が止まって凍結状態になってきました。その多くにおいても大勢の人が楽しく日々を暮らしていて、笑顔が絶えない人も文字通り大勢いたのです。そして、自身が良いことをしていると自負している人も大勢いました。例えば奴隷解放運動に従事している人などがいました。
それはそれで立派だったでしょう。しかし、神様はそういうところはそれほど評価しないのです。神様は、世界の全体を見て、奴隷に近しい人がどれだけいるのか、というところを見ています。
一部の人が「奴隷解放運動」などと称して多少の人数を解放したところで、それは焼け石に水の状態であり、解放運動に関わっている人は自己満足して「自分は良い活動を行なっている」と思っていたとしても、神様は、そんな個人的な自己満足はそこまで評価しないのです。とても大勢の人が苦しんでいる時に、少し救ったところで、それは相応に救ったというくらいのお話であり、大勢はまだ奴隷で苦しんでいるのです。そのように、自称で「〜をしている」という「良きこと」は、神様はそこまで評価しないのです。
本当に良きこととは、地球の全体において、奴隷の大半を解放することです。
と、言いますか、それが進まなければこの世界も神様によって破棄されるでしょう。時が止まり、また、少し昔からやり直すことになるのです。
地球に奴隷が大勢いることを、神様は許さないようです。そのような状況がある限り、この地球は人間の手では滅ぼさないかもしれませんが、神様がその存続を許さなくなるのです。
とは言いましても、まだ神様は様子見の状態ですのですぐにリセットされる危険性はないかと思います。
ですが、長くとも数世代後には、もしもその時までに改善されないか悪化するようになれば、ほぼ確実に神様はこの地上をリセットするでしょう。
神様のリセットとは、誰も苦しみません。ある時、全ての時が止まるのです。映画やビデオの一時停止ボタンを押した時のように、時間が進まなくなるのです。そうして凍結状態になった後、時が遡り、とあるところからやり直します。
そのようにして、地上から奴隷がいなくなるまで、神様は根気強くやり直しをしているのです。
ですから、ワンネスを利用して他者から利益を得ようとする行為も似たようなものなのです。心地よくさせて相手から利益を享受したとして、神様がそれを発見したのならば、時を遡って、その行為を最初から回避させたりします。あるいは小さいことならば学びとしてそのまま放置して遡らないこともあります。どちらにせよ、学びは蓄積されるのです。
ですから、何らかの約束やら利益やらで一時的な幸福を得たとしても、それはタイムラインも含めた長い時を考えると、そのような小手先のテクニックはあまり意味をなさないのです。最終的にはそのようなずるい人は他者から避けられるようになります。最初のタイムラインではうまく他者から利益を引き出せても、次のタイムラインでは前回のタイムラインの経験を活かし、最初からトラブルや厄介ごとを回避するのです。こうして、ずるい人はタイムラインを重ねる度に利益を出せなくなっていきます。奴隷として動いてくれる人も減っていきます。
どちらにせよ、実際のワンネスを知っている人はあまりいないので、スピリチュアルやら何やらでワンネスをあまり期待しない方がいいようにも思います。下手にワンネスやらと関わるとカルトに巻き込まれる危険性の方が最近は多いような気も致します。世知辛い世の中です。