何度も言っていますが、ある程度のスピリチュアルの段階に達すると、神社などに行ったときに日本の神様にコンタクトされるようになります。
そして、そのようなことが起こると、高確率で「自分は、日本の神様と関わるようになった。それだけ成長したのだ」と、自信満々になって、時に高慢になってしまうのです。
そして、その、変になった人のことを心配して周囲から指摘してあげても「ふん。俺は日本の神様に認められたのだ。何を、日本の神様がついていない凡人が何を言っているんだ。俺様の言う事を黙ってみていろ」みたいに高慢ちきちきになってしまったりして、聞く耳を持たなくなってしまいます。
そうこうすると、その日本の神様の影響力を高めるために、日本の各地で儀式を行うよう言われたりします。こういう神様は人々の想念が自身のパワーになりますから、土地にいるだけでなく、本来は他の神様の土地であっても、その他の神様の力が弱った土地を狙って、儀式やら波動開きやら地球を守るためだとか、日本を活性化させるためだとか、様々に理由をつけて自身のための儀式をやらせるわけです。そのエネルギーコードは地球や日本のためというよりはその神様と繋がっていて、その神様の力が強まるのです。
日本の神様とは言っても悟っているわけではないと言いますか、荒っぽいという時点でお察しの通り、割と人間臭い神様です。普通の人間よりも徳を積んでいて立派だったりもしますけど、割と、日本の昭和などに散見した立派な人が神様としてそのままいたりするようなイメージでいればそこまで間違ってはいないかと思います。
それぞれ、普段いる場所があって、基本はいつもそこでエネルギーを高めているわけですが、時に、エネルギーの流入口を増やそうとするわけです。そういう時に、ある程度までスピリチュアルで成長して、そうは言ってもかなりの半端者を見つけては、自分の都合の良いように動いてもらおうとするわけです。
実のところ、その種の神様の本当の意図を見抜くのはなかなか困難であるように思います。悟っていないとはいえ一応は日本の神様でありますから知恵もありますし、人の何倍も何十倍も上手です。最初から最後まで騙されていた・・・と言いますか、そういう神様は嘘は基本は言わないですけど、大きなお話をして、そうして、自身のために誰かを動かそうとするのです。地球のためだとか日本のためだとか大きなことを言えば、その中に自分のためも含まれていますから、大きなことを言って、実は日本の神様自身のために色々と動いてもらおうとするのです。それを呑気に、地球のためだとか日本のためだとか大きなことのために動いていると思い込んで実はその神様のために儀式をし、エネルギーを増やしてあげただけだった、ということもよくあるのです。
そのような神様は嘘は言いませんから、確かにそれは地球や日本のためになっていることでしょう。ですが、そういうのは、基本的には神様自身のエネルギーを増やすというお話なのです。
知恵のあるい人ならば、その儀式が一体、どういう意味を持つのか、根掘り葉掘り聞くかもしれません。ですが、聞くばかりで動いてくれないなら神様は離れていってしまうかもしれません。代わりは割といくらでも見つかるのです。中途半端な能力者は神様に使い捨てにされるのです。エゴが育ってきてめんどくさくなってきたら、神様は離れるのです。
大体の場合、最初は本当に神様の声が聞こえていたとしても、やがて、自身の中に神様の心像を作り出し、自身で神様の声を作り出してしまうようになります。そうなると神様の声は届かなくなるのですが、カルトがよくやるように都合の良い教義を作り出すようになるのです。
どちらにせよ、本当に聞こえていたとしてもその種の神様というのは日本の荒っぽい神様のことですから、それすらもゴールではないのです。
自分のエゴで神様の像を作り出してしまうのはカルトのやる下の下ですが、日本の神様の声が本当に聞こえたとしても、それはそのくらいのレベルでしかないのです。
ヨーガでも、「修行が進むと、神様から誘いが来る。しかし、それらを全て拒否しなくては最高のところには辿り着かない」というようなことが書かれてあります。
特に日本の神様は荒っぽいですから、「自分は既に神様と接するくらいのレベルに達した」と思って満足してしまうと、そのくらいのレベルに停滞してしまうのです。
日本の神様と接することはあまりないとは思いますが、接触してきても、気をつけた方が良いかと思います。基本的には波動を見れば良いのです。高次元の高い波動かどうかですね。神様とは言っても、日本の荒っぽい神様はそこらの立派な人とそこまで大して変わりません。
一方、本当の高次の存在とは輝いています。そこらの存在とは、光り方が全く違います。
エネルギーの強さと、高次かどうかはまた別のお話です。低いレベルでエネルギーで強い場合もあれば、高次でエネルギーが強い場合もあります。その見分けですね。
基本は人と接するのと同じで、いくら神様を名乗っていたとしても、波動が合わなければ相手にしないのが良いと思われます。
・・・とは言いましても、分相応というのがありまして、神様の力を借りなければつまらない人生を送っていたであろう人が、たとえ勘違いだとしても多少の人助けをできたなら多少の生きる意味はありましょう。それ以上を目指す人というのは稀でございます。神様に使われるのも良い体験かもしれません。