トラウマの一部は他人からの呪いによる攻撃(分割1/7)


最近の言葉で言うと術式とでも呼ぶのでしょうかね。

この種の攻撃術は昔からあって呪いとか法力とか色々な言葉で言われていたりしますけど、本人がそれを意図しているかいないかに関わらず無意識でも術は発動していたりするものです。誰かを呪えばそれは術ということですから、誰かに対して怒りや憎しみを感じたことがある人は、多少は術式を使っていた、ということでもあります。そうは言いましても能力が高くない人の場合はそれほどうまくはかかりませんけど、時に、うまいことかかってしまうことがあって、そうなると相手には呪いがしっかりとかかってトラウマで悩まされる状態になったりします。呪う方からしたら、してやったり、なのかもしれませんけど、呪われる方からしたらいい迷惑です。

例えば、恋敵を排除するために呪いをかけるということはよくあるように思います。その場合、とある思念に反応して不愉快なイメージが浮かぶような呪いがかかったりします。本人はそうは意図していないのだとしても、割とそんな感じで呪いがかかることが多いように思います。特定の感情に反応するような呪いというのは、まさに呪いをかける人の本人の感情そのものであるわけで、呪う方の心理状態がまさにそのように、特定の条件に当てはまったときに怒り狂うような精神状態であるが故に、それが「切り離されて」、その切り離されたオーラが相手に張り付くことで、同じような条件付けを持って怒りが発動するようになるのです。最近の言い方をすると、特定の条件で怒りが発動するという術式になって相手のところで発動してしまうわけです。術をかけられた方からするとトラウマになったりするわけですけど、元を辿ると、誰かが貴方を呪うほど憎んで排除しようとしたからこそ呪いという術がかかってしまうわけです。呪いをかけるのは怒り狂える人にとっては割と簡単で、相手に対して怒り狂うことを一定以上の感情でした上に急激に強く呪う相手のことを思って思念波を飛ばせばそれは呪いになります。モヤモヤと自分の中で怒り狂って、爆発させて相手に飛ばすわけです。相手に怒鳴ったりすると飛びますし、怒鳴らなくても気持ちだけでも十分に呪いが飛びます。

一方、あまり怒らない人が呪いをかけるのはかなり難しいです。それは理屈の上から言っても当然で、条件付けができるほど相手を憎まなければ呪いなどかけられないのですから、あまり怒らない人は相手を呪うということはできないわけです。

この種の呪いについて昔からスピリチュアルで言われていることがあって、「呪いは自分に返ってくる」とか、「呪いをする人は自分が呪いに食い殺される」とか、色々な言い方がありますけど、それは理屈を考えればそれは当然のことで、相手を呪うためにはそれだけ自分が怒り狂う必要がありますので、それだけ相手を呪ったとしても呪いの気持ちのほんの少しを相手に飛ばすことができるだけですから、残りの自分は怒り狂ったままになりますからその怒りの気持ちをどうにかしなければ呪いが返ってきた形になって自分が呪いに殺されてしまうのも当然というわけです。

この種のお話は、もちろん、呪いをかける方が悪いのであって、呪いをかけられてトラウマになった人が罪悪感を感じる必要は全くないわけです。

(トラウマと呪いのシリーズ、1/7です。続きます。)