プラーナとクンダリーニとアートマンのエネルギー

2021-03-10 記載
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

有名なクンダリーニのエネルギーだけでなく、複数のエネルギーによる変化が今まであったように思います。

まず、ヨーガで言われているところのプラーナとしてのエネルギー。これは呼吸で取り入れることのできるエネルギーで、空間に満ちています。

次に、クンダリーニ。これは尾てい骨の下に眠っているエネルギーで、覚醒するとエネルギーがまずは体全体に充満し、次に落ち着いて来くると下腹部のマニプラがオーラ優勢になり、次にアナハタ優勢、そしてアジナ優勢というように変わっていったように思います。

その次に来るのが、いわゆるアートマン。これはヨーガでは魂に相当するものあるいは根源エネルギー体として個を表現するエネルギーとして説明されていますが、一方で、ヴェーダンタではアートマンは魂というよりも永遠に存在して不可知な存在として描かれていますのでエネルギー的な側面はないのですが、日本のヨーガではアートマンを魂に相当するものとして理解されているように思いますのでひとまずアートマンとしました。個人的には創造・破壊・維持の意識として体験しました。

これら3種類のエネルギーがあるように思います。それぞれ別物で、プラーナは人間の肉体活動を支える根本エネルギーであって、物質ではなく微細なものですけど割と体に近いもので、クンダリーニも微細なものですけどプラーナよりも粗大な体から離れて更に微細で精神的なスピリチュアルなエネルギーです。

そして、アートマンはもっと微細で、根本エネルギーに近いものがあります。

アートマンはヴェーダンタで不可知だとか永遠だとか変化することがない、みたいな事が言われていたりしますけど、私の感覚では確かに永遠っぽいですし不可知っぽくて変化することがなさそうに見えたりもしますけど、不可知というほど不可知でもないですし、永遠というほど永遠でもない気もしますし、変化することがない、というほど変化がないわけでもない気もします。確かにそれらが根本的な素質として備わってはいるように思えますけど、アートマンという段階では完全にそうだとは言えない気が致します。

ヴェーダンタではアートマンが個でブラフマンが全体として説明されていて、ブラフマンまで行くとそのような性質が完全に備わるのかもしれません。

ヨーガではプラーナヤーマとかでプラーナのエネルギーを取り入れる、というようなことを行いますが、最初にヨーガを初めた時にプラーナヤーマをした時は単純にプラーナを取り入れる、という感じでしたけど、クンダリーニ覚醒後のプラーナヤーマはプラーナを取り入れつつクンダリーニのエネルギーを高めて体の上方に通す、という感じになってきましたし、アートマンのエネルギー(創造・破壊・維持の意識)が出てきてからはプラーナを取り入れつつクンダリーニも高めつつアートマンのエネルギーを体に充満させる、というような複合的な感じのプラーナヤーマに変わってきました。体の動作としては同じだとしても、内的にこのような変化があります。

エネルギーの質も異なっていて、最初プラーナのエネルギーを取り入れた時は単純に元気になってそれはそれで心地の良いものでしたが、クンダリーニ覚醒後はエネルギーに満ち溢れて元気になって、更にアートマンが現れてきた後は更にエネルギーが高まりました。それは走り幅跳びの助走みたいなもので最初はプラーナと共に走り始めてからクンダリーニでステップをし、最後のアートマンで大きくジャンプするような感じです。

ヨーガではクンダリーニで最後の覚醒みたいなことが言われていたりしますけど、アートマンという段階がありますし、おそらく次にはブラフマン、という段階もあるのかな、と思います。