これまで見てきましたように、今後数世代をかけて地球以外にルーツを持つ存在たちがそれぞれの故郷へと帰っていきます。或いは、別の世界へと旅立ちます。
残された地球の人たちはどうしたら良いでしょうか。
今は、地球以外にルーツを持つ人たちが技術面で優位を持っています。そして、そのような人は特に報酬を求めなかったりします。
それはというと、例えば電力会社や重工、ITの会社などで一部の優秀な人が、時に特に役職もなく重要な仕事をこなしていたりするのです。一部の中核的な人材が支えている構造になっていることも多く、特に上司やマネージャーなどは管理だけをして、部下の成果に対して良い給与をもらっていたりします。それはそれで経済の論理としてはそういうものなわけですけど、その種の、特に報われないが優秀な層がごっそりいなくなる時が来るのです。その、世の中を支えていた見えない層がいなくなった時、地球の人たちは自分たちでどうにかしていかなくてはならなくなるのです。その時までにはAIもその彼らが作ってくれているとすれば、その時もまた、自分では理解したり動かなくても済むかもしれません。だとしても、理解できないものが一度壊れたらもう戻らない状況になってしまうかもしれないのです。いわば、ロスト・テクノロジーを使うだけの世界になってしまう可能性があります。自分たちでは作ることができず、過去の遺産を使うだけの文明が将来の地球かもしれないのです。今は、お金さえ出せば誰かがやってくれるような社会になっています。しかし、やがて、できる人が希少になる時代が来るかもしれないということです。
先端分野の経営は宇宙人を混ぜて成果を出させるゲーム
よく、日本式は報酬が固定で年功序列だから人々が安心してイノベーションが起こせる、みたいなお話を耳にします。
じつのところ、それは現実が違っていて、多くの場合に宇宙由来の人が混ざっていて、しかも「報酬はこういうシステムだからしょうがないか」と、ある意味納得の上でいろいろイノベーションを起こしている場合も多いように思うのです。
そして、その特殊人材をマネージャーや経営者は認識していなくて、チームの成果あるいはそれを指示したマネージャーあるいはリーダーとしての経営者の成果として考えるのです。経営方針によってそうなった、と考えてしまうのです。
実のところ、人を使う側は自分の理解の範疇までしか理解できませんから、自分より優秀な人が成果を出したとしても、その現実を受け入れないか、あるいは、そんなことない、と、現実を否定してしまうことも多いのです。それは自分なら理解できる筈という傲慢さからそのように現実を捻じ曲げる訳ですが、当人はしっかり現実を見ていると思い込んでいます。それは、本人にとっての現実なのです。そして、自身は優れたマネージャーだと思い込んでいます。
ですから、他の会社で同じことをやっても再現性がないし、名もなく活躍してくれていた人がいなくなれば経営者は成果を出せなくなるのです。そして、それを単に「経営は必ず成功するわけではない」などと、分かりの良い言葉で納得してしまっています。
単に、宇宙人が人知れず成果を出してくれて、自分はそれと知らずに、単に自分の「成功体験」として根拠のない自信を深めてしまっていたりするのです。たまたま成功したようなものなのに、時にそれを大勢に語ったりします。
今後、宇宙由来の人が愛想を尽かして地球を離れることにより、「何故かうまくいく」などという都合の良いお話は減っていきます。
一見すると「人々の頭が悪くなった」と当初は思うかも知れません。実際は、今までやってくれていた(宇宙の)人が、もう関わり合いたくない、と思って離れてしまった結果なのです。
会社とは、将来の利潤の仕組みを誰か他の人に作らせるゲーム
経営者はざっくり理解していればよく、目的は独占と利益です。
ですから、しっかり考えることができて問題解決できる他者を雇うのです。そうして、その人に適度な報酬を与えてやらせます。そして、利益を生み出すシステムを作るのです。出来上がったものに対しても、経営者はざっくり理解していれば十分で、リスクやマーケットを理解していれば、後の細かいことは専門家がやってくれます。
さて、この構図を、地球人と宇宙由来の人に当てはめてみると、どうなるでしょうか。
(必ずしもそうではありませんが、ひとまず図式に当てはめると)地球人は、ざっくりとしか考えません。経営者になります。
(同様に当てはめると)宇宙由来の人は、しっかりと考えて問題を解決できます。技術者になります。
そうなると、地球人は、利益を享受できるのです。それを今は、経営だとかマーケティングだとか言います。
このような状況は、今後数世代の後に、宇宙由来の人が地球からいなくなった時、うまく回らなくなるでしょう。
実際は必ずしもこの対応ではないのですが、現在の状況を理解するためには、このような一例を考えるのが助けになるかと思います。
投資というのは確率論でもありますから、資本があって、多くの事業を立ち上げて、そのうちの幾つかがうまくいけば良いのであって、それはというと、経営者はそこまで理解していなくて、何故かうまく行った、ということが多いのにも関わららず経営者は自分の中でストーリーを作って成功体験にしてしまうのです。そのような状況では、成功体験は再現性がないのも当然なわけです。
将来的に、技術者の代わりをAIが行うようになれば宇宙人がいなくても経営者が事業をある程度まで作れるようになるかもしれません。ただ、可能なことと、行うことを選択するかどうかは別のお話で、他者に任せることに慣れている経営者は自身では行わないでしょう。
このような状況で、地球の経営者は学ぶことなく、ただ自分が勝手に考えた成功体験が正しいと思い込むようになるのです。実際は、誰かがやってくれているのです。経営者などでチヤホヤされるようになると、誰も指摘してくれる人がいなくなります。そうして、不意に企業が崩壊するのです。それはというと、支えてくれていた人が愛想を尽かしていなくなってしまうからです。経営者は、いつしか傲慢になり従業員を奴隷か何かだと思ってしまうことすらあります。そのように、成果泥棒している経営者を助けようという人はあまりいないのです。
それと同じように、今、地球を支えてくれている大勢の存在がいます。それらを蔑ろにして、自分たちがやっていると傲慢に思い込んでいると、その文明は崩壊するのです。地球を支えているのに、それを知らずして、成果泥棒している大勢の人たち。愛想を尽かして宇宙由来の人がいなくなったら、どうなるのでしょうか。地球を影で支えてくれるグループがいなくなった時、不意に文明が崩壊するかもしれないのです。
さて、宇宙由来の人と、地球由来の人、必ずしもそのような対応でもないのですが、概略として、ある程度の傾向が見られますので、ここではまず、由来に基づく「認知の歪み」を見ていくのがそのような状況を理解する助けになるかもしれません。
認知の歪み
一般的に、仕事で優秀な人は認知の歪みが少なく、客観と主観、概要と詳細、方針とタスクとの区分けがしっかりとできています。それは片方から片方へ行き、そのまた逆へも行くことができるということです。それぞれの間に矛盾がないということです。
- 方針からタスクへ
- タスクから方針へ
この遷移ができ、専門分野に詳しい一方で他のレイヤーとの繋がりや違いを矛盾なく理解しているのが優秀な人です。
一方、そうでもない人は矛盾があったり、片方だけで状況を把握しようとします。悪い時には片方のみで状況を肯定しようとします。酷い時には自己認知の歪みが保持されたまま、自己の状況を肯定してしまうわけです。
エゴを肯定し、エゴを拡大させる認知のループ
そのループは歪んだ認知によって実現されます。
まず大前提として、話題あるいはタスクがある時、直接的にそれを行って完了させるのが仕事の本質です。言論であれば話題に対して直接的な回答をすることで説明が完了します。そこにおいて、歪みは是正されることがほとんどです。そしてエゴは消えていきます。一方、そうではない場合もあるわけです。
何がしかの要因により認知の歪みが維持されると、例えば次のようなループにより永遠に自己を肯定することになります。
- スコープの(勝手な)拡大
- スコープの(勝手な)変更
- 元のトピックと、(勝手に)拡大されたスコープにおけるトピックとの矛盾や改善点を発見
- それを指摘することで、元のトピックを曖昧にする
- 仕事であれば元のタスクを完了しない言い訳になる
- 言論であれば相手を(歪んだ論理で)言い負かす(それは間違った態度、間違った理屈)
昔も今も、この種の人はいましたし、時に「口が達者」という皮肉で語られることもあったように思います。
やった風でいて、実務ができないわけです。それでいて口では相手より優位に立つことができる。何か言い負かした風になる。
そもそも仕事や議論というのはスコープを定義してその中での課題やゴールを定めるのであって、そのスコープ自体がズレたり勝手に変わったりした上で相手を論破するような人は、普通は信用されないのです。胡散臭いということです。ゴニョゴニョ言ってそれっぽく説明し、相手が「ん?」と思って思考が止まったらチャンスと見て「ニヤリ」とし、優位に立とうとします。スコープを変えて相手を言い負かした(風に振る舞った)としても、そのようなことをされると、相手にされなくなります。
自覚してやっているなら是正できるのでまだマシですが、空気を吸うように無自覚でやっている人もいて、しかも自己肯定感がとてつもなく高かったりします。日常生活であれば避ければ良いですが、仕事でそういう人がいるとチームが崩壊する危機にもなります。関わり合いたくない人としてラベリングされてしまうわけです。
いわゆる、論破が上手い人、というのはいるものです。そして、それは一理あるように見えつつもスコープが常に動いて自身を肯定することが第一目的になっているため、結局、元のタスクは完了せずに、状況の説明に終始するのです。こうしてタスクはループします。
宇宙人は、認知の歪みが少ない
宇宙の人は基本的にこの種の認知の歪みがあまりないのです。誤解や不勉強における間違いはあるにせよ、元々の歪みが少ないので、学ぶのも早いのです。そして、歪みが修正されていきます。結果、成果が着実に出ます。
一方、地球の人々は往々にして認知の歪みがあり、言葉に対して多種多様に想像をするので、この種のトピックの拡大や縮小を起こしやすく、それにより歪みが保持されやすくなります。結果、成果はあまり出ません。成果が出ない一方で、何か、やった感ばかりが増大されます。
その結果、自己(エゴ)が肯定され続けます。結果があまり出なくても肯定されるため、エゴが拡大しやすい、という構造にあるのです。こうなると、どんどんと尊大になっていきます。認知の歪みが保持あるいは悪い方向に拡大することも普通にあります。
教育の重要性
人の由来によって認知の歪みの程度は違えども、学ぶことでそれは減っていきます。それは教育の効果です。
仕事によって認知の歪みを減らす
良い仕事というのはタスクに対して直接的に対処するので、認知の歪みが減っていきます。
ゾーンに入るというのもこのことです。タスクそのものに成り切ることにより仕事を素早く効率的にこなすことができるわけです。その時、多大な喜びを得ます。この喜びとは純粋な、正しい喜びです。比喩的に善ということもできます。というのも、自他の認知を正して喜びを得ているからです。それは本質に到達するということです。
認知の歪みがあるとタスクと自身の意識とが乖離していますので喜びが少なく、成果も乏しく、タスクがループするわけです。結果、自己の認知により自己を騙して満足を得ようとします。この喜びは歪んでおり、不純な、正しくない喜びです。比喩的に悪ということもできます。というのも、自他の認知を歪めて喜びを得ているからです。それは本質から遠ざかるということです。
タスクが終わらない、ミスリードする、ループする
その歪みが趣味の分野で現れるのであればそこまで害はないものの、言論の分野で行われれば人々を誤った方向にミスリードすると言うことにもなりますし、仕事であれば与えられたタスクがいつまでも完了せずステータスが行ったり来たりでループする、という不思議な状況にもなります。視点がマクロとミクロとで行き来しますので、タスクの視点がばらついて、今日はこっち、明日はこっちと、いつまで経っても終わらなくなるのです。成果物に乏しい一方で、自己の評価だけが高まるのです。
勘違いによるミスリード
時に、この種の認知の歪みが生じている人が「自分はコンサルに向いている」「リードする側に向いている」と思って実際にそういう仕事をすることがあります。しかし、この種の認知の歪みがある人にコンサルされると自信満々で立派に見えるのにも関わらず裏付けに乏しい、実現できるかのように見える一方で実現性に乏しい、という、乖離した状況を生んだりします。
勘違いがリードする社会
そのように、自身を誤認してリードしているのが現代社会であるように見えます。
そして、当人はよくわかっていないのに、何か、ざっくりとしたことを言えば誰かがよろしくやってくれる社会構造になっています。
一般的に、「システムとして回っているこの社会は、意外とそれでも回る」と思われていたりします。実際は、各所でコアなシステムを宇宙由来の人材が支えているのです。インフラ周りは特にそうです。
誰かがやってくれていることに対し、近くにいてもその実力差に無自覚で、呑気にも「この世は、何もしなくても全て与えられる」と思っていたりすることもあります。それが仕事においてもあり得るのだから世の中というのは不思議です。そうすると、自身が動かしていないのにも関わらず成功体験だけが積み重ねられ、自信が拡大し、自尊心が揺るぎないものになります。それは勘違いによるものではあるものの、認識と自己評価というもの自体は確実にそこにあり、容易に是正できない規模にまで拡大することがあります。
宇宙由来の人がいなくなったらどうなるか
高度にシステム化された社会は、そのインフラを支える人材が不可欠です。その多くの分野に宇宙由来の人が関わっています。そして今後、数世代の後に、その、宇宙由来の人が宇宙へ帰るのです。そうなった時、インフラの維持が難しくなるかもしれないのです。
今まで、資本主義やらさまざまな理由で管理する側に立ったり投資家として利益を享受する側だった人が、次第に、社会そのものが不安定になって「何もしないでも与えられる生活」が脅かされる状況になることもあり得るのです。
かつて栄えた文明が宇宙由来で、宇宙由来の人が治めていた間は平等だったが宇宙の人がいなくなったら絶対君主制になり貴族と奴隷の身分社会ができ、そして社会の地盤が揺らいで崩壊する、という、いつか見た光景がこの時代から先にまた再現する可能性は大いにあります。
- 宇宙由来で栄える。平等社会
- 宇宙由来の人が去る
- 地球由来の人が貴族として、その他大勢を奴隷化する
- 文明が崩壊する
このような流れは、これから数世代で普通にあり得るわけです。宇宙由来の人に依存していた構造が、いなくなることで根底から崩れるのです。
誰かがいつの間にかやってくれる時代の終わり
このような将来が見えている状況で、呑気に「何もしないでも、与えられるだけの生活」だとか言っている場合でしょうか。地球に残る人は、他者の利益を奪い取ることに知恵を働かせるのではなく、自身が努力して技術を理解し、自分がこの世の中のインフラを支えることができるようになる必要があります。全員とは言わないまでも、それぞれの分野でそう言う人がそれなりに出てくる必要があります。今は、能力の高いグループに頼りすぎなのです。技術の評価もできず、優秀な人が楽そうにこなしているのを見ては「簡単な仕事」と歪んだ評価をしている場面さえあるように思います。それはというと、当人にとって簡単であっても、多くの人にとっては難しい仕事なのです。それを、多くの人が理解しなくても済んでいるのが現在なのです。大勢の従業員が、次のように思っていることでしょう。「自分たちの仕事の難しさを上司や会社はわかっていない。報酬が報われていない。」そのような不平不満があったとしても、より良い給与を与えてくれるような仕事が必ずしもなかったりします。何故なら、その報酬でも仕事をする人が他にいるからです。それはというと、優秀かつあまり欲望が強くない宇宙由来の人がいるので回っているのです。そのような人が100人に1人はいて、経営者はそういう人を見つけては、アイデアを出させたり複雑なことを解決させたりしているのです。何倍、時に10倍も能力が違えども、給与はそこまで変わりません。そのような人が社会を支えているのです。宇宙由来の人の能力に頼りすぎなのです。
ですが、今後、それでは回らなくなるのです。そもそも、やってくれる人がいなくなるのです。
であれば、今のうちに対策を取る必要があります。
今は世の中に各グループが混在していますしそこまで技術が頂点に達しているわけでもありません。ですから、今のうちから学べばまだ間に合うのです。
管理と実務担当者
- 管理者は、ざっくり捉えることで「自分は管理できている」と認識しやすい立場にあります。命令を出す側であるため、その状態でも利益を享受でき、「これでいい」と自己肯定しやすい構造にあります。実務レベルでの詳細な理解がないままでも、ある程度の指示をすれば現場の誰かが補完し、仕事は進みます。その結果、自身がコントロールしていると認識してしまうことがあります。そもそも、現代の歪んだ組織の一つの特徴は、この「話の通じなさ」にあるように思います。通じないからこそ、力関係が強化されるのです。外部から見れば疑問に思われるような認識のズレも、現場では少なくありません。管理者の「それっぽい言説」と「噛み合わない会話」で技術者を困らせながらも、それで組織を動かしていきます。こうして成功体験が生み出され、それが歪んだ構造をさらに固定化していきます。本当のマネージメントは構造的に捉えることにあります。しかし実際には、「それらしい言い回し」の再生が重視される場面も少なくありません。「成功体験」に再現性がないことが多いのも、技術的に見れば当然ですが、この種の歪んだ構造はある意味再現性があるといえます。本当に構造的に捉えることができる人が基礎を築き、その後、「それっぽい話」と「通じない構造」を用いて他者をコントロールすることで組織を蝕んでいく。そうした二段階で、組織の立ち上げと崩壊を捉えることもできるかもしれません。
- 実際に考え、構造を捉えて処理しているのは担当者です。実は能力差は大きいのです。担当者が構造的に管理者に説明しても、管理者には十分に理解されないことがあります。やがて担当者は管理者の理解度に合わせて説明を簡略化し、納得させるようになります。しかしそれを見た管理者は、担当者が「説明できない」「理解していない」と判断してしまうこともあります。もちろん、実際に理解しているのは担当者で、理解できないのは管理者なのですが、その認識が逆転してしまうのです。その結果、担当者が軽視されてしまうこともあります。そうなると、担当者が離れていくのは自然な流れです。いなくなった瞬間に回らなくなる危機が訪れますが、当面は他のメンバーが対応し、仕事は回り続けます。しかし、やがて管理は徐々に立ち行かなくなっていきます。
- 管理できなくなってくるとトラブルが増え、管理者はそれを見て「今のシステムは古くなった。ダメだ。今の担当者は能力が足りないのではないか」と判断するようになります。実際はシステムが悪いのではなく単に支えていた人がいなくなっただけなのですが、そうして使えるシステムを捨て、大規模投資で「新規開発」をしてシステムや人員を新しくすることも起こります。新規にお金をかけるよりも今のシステムを良くする方が何倍も簡単で安く安全なことがほとんどな状況もあるのですが、同じようなシステムを作るだけのことに経営者が喜びそうなラベルを貼って喜ばせることで大金を注ぎ込むことを正当化するわけです。こうして管理者は状況や複雑なシステムを理解するよりも、大規模投資によって新しくすることで状況を改善しようとするかもしれません。優秀な技術者は管理よりも新規開発の現場に多くいるため、新規開発をし続けることでシステムが維持されます。その時、現場のアイデアで多少の改善が見られることもあれば、そうでない時もあります。こうして、つぎはぎだらけのシステムがまた出来上がり、優秀な人は新規開発と現状維持に時間を取られるようになるのです。
将来、そもそも優秀な人がいなくなった時、管理も新規開発も難しくなるわけです。今まで、管理をして利益を享受してきた人、あるいは能力の高い人に頼り切ってきた人は自分でそれをやる必要が出てくるが、その頃にはAIが発達しているとはいえ、ロスト・テクノロジーが勝手にやってくれる世の中で、技術者は一から考えることが不可能になってくるかもしれません。メンテできなくて止まる工場が増え、「何故かうまく回っている工場、地域」「いくらやっても稼働できない工場、地域」との格差が極端に現れるようになる可能性があります。製品やサービスを享受するだけの人たちも現れるが、社会全体、文明そのものが急に衰退する時期も時々現れるかもしれません。それはというと、栄えた文明が急に衰退するようなものです。高度な文明の遺跡が世界各地にあり、それが衰退した理由を人々は謎と言います。それと同じことが、この社会で将来、起きるかもしれないのです。
延命策
こういう情報を入れると、自分たちが成長しようとする代わりに、どうにかして現状を延命しようと画策する層が現れます。他者を操作して現在生きている人たちが、「そうであれば、帰らずに地球にいたくなるように、何がしか細工をすれば良い」と考えて、優秀な者が自身の故郷(地球外)に残りたくなるような画策をするかもしれません。具体的には、地球の欲望的な生活に溺れさせて欲求と転生のループに落とし込めば良いと考える可能性があります。
現在、意図的なものではないにしても、マーケティングによって欲望を刺激し続けることで消費と満足そして渇望というループを生み出しています。その結果、それらの人々を地球に留めておく効果が出ている面もあるように思います。
しかしこのシナリオは一部の人の嫉妬と劣等感を生み出し、長期的には地球で一番争いが継続する可能性があります。優秀なグループを地球に留めておく目的としては、この種のお話はなかなかリスクが高いのです。
それに、もう自分の故郷へと帰ろうとしているグループにとってはこの種のお話は自身のグループの目的の妨げになっているともいえます。そこに多少の軋轢も生まれるかもしれません。やがては、その障壁を乗り越え、各自のグループは目的を果たして自身の故郷へと帰るでしょう。
そして残された地球の人たちは、技術に優れた他の星のグループがいなくなった地球で自分たちでどうにかしなくてはならなくなるのです。
その時、誰がそれを支えるのでしょうか。
自身の足で立たずに他者から搾取して継続する社会というのは停滞した社会であり、そのような文明は崩壊するのです。
今のうちから技術を学べばまだ間に合うのです。
魔法による自発的効果ではなく、天使の恵みによる豊かさ
昨今は、スピリチュアルにおいて「魔法によって自身の利益を引き出す」という考えが増えてきているように思います。「理屈は分からなくても、その通りやれば効果が出る」という技術的な思想がそこにはあります。それを時に魔法と呼んだりします。それが効果を発揮しているかのように思い違うこともあります。
実際には、いくら願っても、この種のお話で地上的な富は手に入らないことが多いのです。
実際は、誰かの意図により恵みが与えられているのです。稀に、とても良い心を持っている人を天使が見ていたとします。そして、恵みとして利益が与えられたりします。それは、それと分からぬように、自身の願いが叶う形を取ったりします。
しかし、それは、今後数世代の後、天使が自分たちの故郷に帰ることにより、恵みはなくなります。その時、最初、「魔法がかからなくなった」と思うかもしれません。元々、願ったり術をかければ実現するという魔法のようなお話ではないのです。
そもそも、考え違いをしています。「魔法」を使っていると主張する人たちは、例えば「天使を行使する」みたいな、侍従関係で天使と自身の関係を捉えていたりします。実際には、天使はそのような低俗な使役関係には従いません。ただ、学びになるからとか、良い心を持った人に、ほんの少し手助けをする、恵みを与える、ということを無私の心でしています。それを、人間の側が「術をかけて天使を使役した」と傲慢にも思い込むのです。そして、「魔法がかかった」と自己暗示にかかるのです。
エゴにより「自分がやった」と思い込み、願いが叶ったのは魔法を自分がかけたからだと思い込むのです。実際はエゴに基づく魔法のようなものではなく、良い心を見た天使が恵みを与えてくれるお話です。
地球の文明が辿るのはもっと地道なお話です。天使たちが自身の故郷へ帰った後、そのような恵みはなくなるのです。要は「魔法はかからなくなる」のです。「天使の召喚と使役(できていると傲慢にも思い込んでいる)」もできなくなるのです。元々そんな風に天使を使役することは最初からできていないのですが。地球人が天使を使役するなどあり得ないのに、一部の自称「魔法使い」はできていると思い込んでいます。それはというと、様々な理由により効果が出ることもあるからです。それも効果を失います。大地から、そもそもそのような質が減るからです。
地球は、物質的な次元で生きる人たちのための世界になります。それは悪いことではありません。地球に残る人は荒々しい野生的な欲望に素直な世界にて自身の自由と欲求を追求することができるようになります。それは地球に残る人にとって理想的な社会ではないでしょうか。
その時に向けて、地球の人は学ぶべき
地球に残る人々は、管理や策略によって他者の利益を享受するよりも、自身の能力を磨くことをお勧め致します。
仕事において、何やら役職は普通だったり何にも役職がなくとも実は優秀であっさり問題を解決してくれる人がいます。それは往々にして宇宙由来の人なのです。周囲の人は「これでいいんだ」と勝手なストーリーを作り、起業家やリーダーの成功体験が出来上がります。しかし、それは「Too good to be true」な状況で、名前のない優秀な者(往々にして宇宙由来)が支えています。それが資本主義や役職の階級により、成果が吸い取られています。それが、各所で起こっているのです。
成果を出すフレームワークのほとんどが、暗黙に、能力の高いものに如何にやる気を出させて自主的に問題を解決してくれるかを期待しています。そうして解決された問題をビジネスにしてなるべく独占し、利益を出そうとするのが資本主義社会のあり方です。そもそも、問題を解決してくれる人がいなければそれは成り立たないのです。一旦解決してしまえば、それを使うのは能力の低い者にもできます。それを「起業家」というのです。
そして、そのフレームワークに沿って仕事をするだけで成果がやってきます。
それはというと、能力がある者の成果を自発的に納得の上で提供させているのです。契約だったり、ある程度の報酬だったり、納得の上で、技術を提供させるわけです。
時に、呑気に仕事をしている人がいます。成果を受け取る側が、呑気にも「何もしなくても得られる生活」などと言って、名前のない人の活躍を見ずに暮らしているのです。「どこかの誰か」が勝手に何かをしてくれることを暗黙に期待している場合もあれば、呑気に、全てが自分の成果だと思い込んでいたりします。その陰で、能力の高いものが暗黙に誰にいうこともなく問題を解決しているのが実情なのです。
発明だって、似たようなものです。優秀な人が、限られた報酬で発明をしているのです。
それを見ずして、自身の成果にしてしまうのが「起業家」「リーダー」の病理なのです。そしてその構図は、宇宙由来の人の成果を地球由来の人が受け取った挙句に自分の手柄にしてしまうという構図なのです。
そもそも能力が違いすぎて管理者あるいは受け取っている側は理解できていないことも多いです。理解できないどころか、そもそも理解する必要もないと思っていたりします。マネージメントのフレームワークで「管理」の論理で生きていて、その手法には長けていても技術がわからなかったりします。そうなると、表面的にはチームワークということで名前のない人が覆い隠されます。実態は割と名前のないキーマンがワンマンで動かし、結果をマネージャーか管理することになるのです。そして成果はチームとリーダーの総合的な評価とされ、優秀な者が埋もれます。
実態は、その優秀さは地球外の優秀さなのです。そして、地球の資本主義の仕組みで搾取されているのです。プロジェクトにもよりますが10人に1人、あるいは100人に1人いる優秀な人が仕事を回しているのです。そして、その成果を言おうとしても「そんなことはない」として封殺されるのです。
一般人の中には、傲慢にも全て自分1人の成果だと謳うような嘘つきがごまんといるので、そのように主張したとしても大半が信じてもらえないことかと思います。そういうものです。成果を過大に主張する人が大勢いるので、本当の成果というものがわからなくなっています。そのような傲慢な者は問題外でありますが、実際に、地球外の由来で優秀で、しかも時に自己主張をあまりしない(というのも、主張したとしても嘘つきと同列に並べられる)人も大勢いるのです。そのように、嘘つきとは別に、本当に優秀な人が隠れて存在しています。そして、地球の文明はそういう人に頼っているのです。
有名な起業家が、自分の成果だとして膨大な利益を享受しています。ロケットと電気自動車のオーナー然り、りんご然り、窓然り。彼らは優秀な地球外の人の成果を奪う、泥棒たちなのです。地球的な価値観では彼らは優秀なリーダーであり、時にスピリチュアルでは彼らは宇宙人だという説もあります。しかし、私に言わせてみれば彼らは全て成果泥棒なのです。それはというと、名もない宇宙由来の人の成果を使っているからです。スピリチュアルで、時に、それらの大企業のリーダーが宇宙由来の宇宙人の魂を持っていると説明されることもあります。しかし、私が見たところ、彼ら自身が宇宙人なわけではなく、働いている人の中に宇宙由来の人がいて、その人たちが多大な成果を出しているのです。高慢な地球人が、あたかも自身の成果だと謳って未来の成果も含めて享受しようとしているのです。
宇宙人ならば成果などはあまり求めませんから、電気自動車オーナーのように150兆円相当などという多大な成果を要求することもありません。そのような傲慢な態度をしている時点で、彼は、どこかの誰かが主張するような火星人とかではなく、単なる普通の傲慢な地球人にしか見えません。
しかし、地球外の人が去った後、そんな、名も知れぬ人に頼る時代が終わるかもしれないのです。文明はその時、傾くのです。その時まで、呑気に資本主義ごっこで多大な利益を享受する数字のお遊びは続くのです。
(続きます)