スピリチュアルの能力は手足を動かすようなもの

2022-08-27
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

それに、エネルギー的にも、ヨーガ・スートラの解説者は「エネルギーの無駄使い」とか言いますけど、実際のところ、肉体の方がよっぽどエネルギーを多く消費すると思います。例えば目の場合、肉眼でものをじっと見たりするとかなり実はそれだけでエネルギーを大量に消費していますけど、サードアイ(第三の目)でものを見ると遥かにエコロジーでエネルギー消費も少ないですので、可能ならば目を閉じて生活した方がエネルギー消費が少なかったりするわけです(私はできませんけど)。

漫画や小説などでそれなりの能力者が目を閉じて生活したり目隠しをしたりしていますけど、漫画などは着色があるもののそれなりに実際の姿をある程度は反映していて、そこには実質的な意味があって、肉眼の目を使わないことでエネルギー消費を抑えて生活をしているわけです。

特にインドである風潮である「能力を求めない方が良い」というのはそのような純粋なスピリチュアルなお話ではなくて、いわゆる「物理霊媒」とも言われているような、現実世界に影響を与えるような能力のことかと思います。そうであればエネルギーの無駄使いというのはわからなくもありません。物体を作り出したり動かしたり、現世利益を求めるということはそれなりのスピリチュアルの階梯にまで既に登っている人にとっては下のレベルのことであって、それは、既に卒業しているはずのものなのにそれをまた求めるということはスピリチュアルの階段を下ることにもなるわけです。

とはいうものの肉体を持って生きている以上はそれなりに物質的な基盤がないと生活できないですから、そのような物質的な現世的な活動とは無縁ではいられなくて、そうであれば、落ちないように気をつけて生活をするくらいしかないと思います。

であれば、トータルでエネルギー的にエコになるように、そして、スピリチュアルの階梯が落ちないように気をつけて能力を使うことは特に問題ないかなと思います。

成長の過程において、スピリチュアルのスクールで能力を勉強したり練習したりすることがあります。それはそれで、自分の手足を動かす方法を勉強するということですから決してエネルギーの無駄使いなどではなく、意味があることだと言えます。