今、スピリチュアルをやっているからこそ現実的な側面を学ぶべき (1/2)

2024-07-08公開 (2024-07-06 記載)
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

私の見たところ、今後50年後には現在物理的社会を生きている人もスピリチュアル的なことを理解するようになります。そうなった時、物理的なこともわかるしスピリチュアルなこともわかる、という三次元的な人間が存在するわけです。そのようになる、というのが私の見立てです。

そうなった時、どうなるでしょうか。

今、スピリチュアルなことしか分からずに物理的な社会のことに疎い人は、その時が来ても同じようにスピリチュアルに特化し、物理的な社会がわからない状態であれば、置いていかれます。スピリチュアルはそこそこできても現実の社会を生きることができなければ、今、三次元の物理的な社会で生きている人に最終的には抜かされるのです。今、物理的な側面を学ばなければ、簡単に学ぶ機会を失ってしまうかもしれません。

その時が来たら、今のように物理的な側面に特化して学ぶ、ということがし辛くなります。もっとスピリチュアルな世界になるからこそ、基礎としての三次元的な物理的な側面がわかっているかどうかで差がつくのです。それは物理的という面だけでなく、スピリチュアルな成長にとっても差が出ます。

今は物理的な力が強くて、それに生きている人は、ある意味、自然で、あるがまま、だと言えます。そして、それこそが、神の意思に沿っている、と言えます。そして、今の社会においては、スピリチュアルをやっている人の方が異端なのです。こういうとスピリチュアルな人に反感を買われるかもしれませんけど、スピリチュアルを否定しているわけではなく、スピリチュアルな人こそ物理的な側面を学ぶべき、と思うわけです。

今後、スピリチュアルな理解が広まるにつれ、単にスピリチュアルしかやってこなかった人は、原始的な先住民の宗教や風習と同じく、時代遅れになります。そして、物理的および論理面の基礎を持った新たなスピリチュアルが台頭するようになります。その時、物理的な現実的な生き方をしてこなかったスピリチュアルだけの人は、抜かされて、立場を失うのです。

ですから、今こそ、スピリチュアルな人こそ、物理的な現実的な生き方を学ぶべき、そういう時だと感じます。そのようなことを学びやすい時代でもあると言えます。

割と日本にはこの傾向があって、日本は海外と比べるとIT音痴が多かったりしますけど、それは直感が優れているからでもあります。海外は論理思考、というよりも、海外は物理的なことしか分からない、直感が働かない人が多いのです。日本は感覚・直感が先行していて、だからこそ、ここ長い間、物理歴な論理的な思考を学んできたと言えます。もともと日本がスピリチュアルだったからこそ、海外からの影響を受けて物理的および論理面を学んでいたわけです。そして、それは、今後の時代を生きる上での基礎になります。そのように思います。

今まで物理的な価値観でのみ生きてきた人も、やがてはスピリチュアルな認識を深めます。
そして、それと交差するように、もともとスピリチュアルで生きてきた人は、今こそ物理的な側面を学んで、基礎を固めるべき時期であると思うわけです。

(続きます)