自然食品で健康になるのではなく強い個体だけ生き残る

2024-06-08公開 (2024-05-31 記載)
トピック:スピリチュアル: 回想録

以前から思っていた仮説です。私の周囲で健康に気を使っている人がそれなりにいて、自然食品やらオーガニックやら無農薬などに拘っている人がいるのですが、その何人かが目が見えなくなったり身体中が痛いなど不思議な症状に悩まされています。

無農薬やオーガニックというのはボラティリティ(変動)が大きくて、良い商品もあれば、害の大きい商品も多く出回っているように思います。そして、良い商品による利益より、悪い商品による体の悪影響が大きいように思うのです。それよりは、平均的ではありますが農薬を使った安全な食品を食べた方が、すごく良くはないものの、体への害は少なくて、それほど体が強くない人でも生き残るわけです。これが仮説です。

とある研究結果として、ドイツで自然食品が流行った時に無農薬でオーガニックな粉ミルクを赤ちゃんにあげていたら突然死が多発して調査したことがあるようです。その調査結果は、ドイツの土地に含まれている硫黄が原因で、農薬を使うと硫黄が中和されるが無農薬だと硫黄が残留していて突然死に至るということでした。

無農薬で新鮮で有害物質も含まれていなければその方が健康的、というのは確かに理屈としてはその通りだと思いますし、そのような商品も多くあると思います。一方で、上記のように土壌に有害物質が含まれている場合に農薬が分解してくれている、という場合もあるわけです。

無農薬ですと腐敗も早いですし、必ずしも畑の近くに住めない現代人にとって無農薬で健康的な食べ物を日常で食べるのは至難の業かと思います。自分で畑を持ったとしても無農薬やオーガニックで育てるのは難しいわけです。買うにしても自分で作るにせよ、かなりハードルが高いわけです。しかも、自分で無農薬だと思っていても農薬は周囲から流れてきますから、測ってみれば農薬が含まれている、ということは普通にあるようです。

よって、基本は買うことになるわけですが、近くに農場がない場合、腐敗の進みも早くて、しかも無農薬と言ってもどのような土壌なのかも情報がない状況ではどのような状態で育てられてどのような危険があるのかもわからないわけです。

そのような状況で、「無農薬だから」「オーガニックだから」と無批判に受け入れてしまっている人が大勢いるという状況があるように思います。

日本でオーガニックや無農薬を好んで食べている人は「自然の中にあるもの」を考えなしに受け入れてしまう傾向が強いように思うのです。それは割と農家やマーケティング、あるいは販売者がそう謳っていることであり、マーケティングによる宣伝によって、そう思わされているわけです。

たとえば、「自然のもの」として売られているヒマラヤ岩塩ですがその成分にも色々あって、黒っぽいものは硫黄が含まれていてお風呂用に適しているわけですが、人によっては「自然のものだから」ということで、食用に使っている人もいます。硫黄が入った岩塩を日常で使ったら突然死する赤ちゃんのように体に異常が出るかもしれず、実際、私の近くにいる知人は、目が見えなくなったり、身体中が痛い症状に悩まされていました。そういう人は、自然食品やらオーガニックやらにこだわって、こだわった挙句、体を壊していたようにも見えます。

無農薬の植物は雑草や虫に食われながら、生き残ったものだけが育っていきます。それは、植物であろうとも弱い株が淘汰されて強いものが残った、という見方もできます。そして、その、生き残った生命力のある食物を食べると人間も活力が出るわけですが、虫がついていたり汚れていたり病原菌がついていたり植物そのものが自分を守るために出す苦い有害物質も合わせて体に取り込むことになり、そうなると、栄養素は高くても有害なものを一緒に取り入れてしまっているわけです。

各個人を見てみると、このように、無農薬や「自然にあるもの」は、体に有害であることが多い、というのが実際だと個人的には思います。

ですが、なぜか、無農薬だと健康になる、という神話が語られています。それは、おそらく、無農薬だと体が弱い人がより不健康になり、無農薬のものを食べても元気でいられる強い人が生き残る、ということかと思うのです。1人1人の個人としてみるのか、集団として見るかの違いなわけです。1人1人を見てみると農薬を使った方が体の弱い人もそれなりに健康的に生きられるものの、集団としてみると、(農薬を使って育った集団は)体の強い人も弱い人も混在していて、集団としては、(農薬を使った集団は)そこまで健康的に見えないわけです。しかし、(農薬を使った集団は)体の弱い人も生き残ることができます。一方、無農薬の場合は体の弱い人が淘汰されますから、集団の中で、比較的、体の強い人だけが生き残ることになります。その結果、無農薬だと健康になるかのような錯覚が現れるわけですが、実際は、無農薬の食物を食べて不健康になって亡くなってしまった弱い個体(人)が淘汰された結果なわけです。こういうと残酷なお話ですけど、それが実態かなと思います。

「自然にあるものは良いもの」というのも、自然の実態を知らない、盲目なお話です。田舎に住んだことがあれば、食べられない植物がほとんどで、食べられるものの方が少ない、というのはすぐに気づくわけです。都会で頭で考えただけのマーケティングに洗脳されていると、あたかも山にあるものがすべて健康的かのような錯覚をしてしまうわけです。山にあるすべてが食べられるわけはない、というのは常識なわけですけど、なぜか、「自然にあるものは良いもの」というような刷り込みがなされているわけです。

自然にある食べられそうなものから選別されて、体に害がないということを長年検証して、それで売られているわけです。ですから、いま、売られているものは原種ではなくて品種改良されてきたものですから、そもそも自然にあるものとはかけ離れているわけです。病気にも強くて虫にも食べられにくい種を増やして育ててきた歴史があるわけです。

極端な話をすると、無農薬や「自然にあるもの」を信奉する人たちは、野菜の「原種」のみを食べるべき、というお話にも理屈としてはなるかと思います。こういうことを言うと「意味がわからない」と話が通じなかったりしますけど、無農薬を賛否している人が「自然にあるものが良い」と言っているのですから、であれば、やがては「原種」に辿り着くのではないでしょうか。そのような考えもあってか、一部、原種を育てるという取り組みもありますが、あまり盛んではないようです。無農薬とかオーガニック好きな人は品種改良された種を最後だけ無農薬やオーガニックで育てたものであればそれで満足な人が大半のようです。「自然にあるもの」を由とする人がそのように人間の手が入った品種改良されたものを受け入れるというのは端から見ていてよくわかりませんし、中途半端のようにも見えてしまいます。既に過去の人が良い株を残して品種を選別してきた歴史がありますので、それはかなりの昔から行われていることで、原始的な品種改良の積み重ねがあるのであって、どこからどこまでが肯定して、どこから否定しているのか、よくわからないのです。現代に科学的な手法で改良している種も多くあるわけですけど、そういうところには無頓着なわけで、盲目的に「自然にあるものだから良い」としているのは、マーケティングに洗脳されているだけのように思えるのです。

「自然で選択された株ならば良い」という考え方もありますけど、現代では株の交配は意図的に研究されて行われているわけで、人工的な手が入っているのにそれを由とするのもよく分かりません。このお話が、遺伝子組み換えとの対立軸のお話でそう言われているのであれば分からなくもありませんが。遺伝子組み換えはまだ研究や検証が進んでいない面もありますし。

違うお話になりますが、世間では「高度成長期の人は健康的な食物を食べていてよく動いていたので健康で寿命が長い」みたいなお話を時々耳にするのですけど、30年ほど前は「高度成長期の人は不健康な環境にいたから抵抗力がある」と違うコンテキストで言われていたように思いますが、最近は「高度成長期の人は無農薬など健康的な食事を取っていたので年を取っても健康」みたいに、都合良く解釈した、似ているようでいて、かなり違うことが言われていたりするように思います。実のところ、これは迷信に近いお話なのではないでしょうか。なんとなく、それっぽいからそう解釈する、ということが民間の迷信として語り継がれているだけなのではないでしょうか。

昭和の初期は死亡率が高くて若いうちに弱い個体が死亡してしまった結果、強い個体だけが残った、というのが実情なのではないでしょうか。強い個体だけが残れば、それは当然、寿命も長くなるわけです。それは、若いうちに健康的な食事をとっていたからでもなく、有害な環境にいたから抵抗力がついたからでもなく、この仮定は「個体としての生命力はそんなにすぐには変わらない」という前提の元はありますけど、有害な環境にいて酷い食べ物を食べていたために弱い個体が淘汰されて強い個体だけが残った結果、今、健康的な人が長生きしている、ということかと思うわけです。あくまでも仮説ですが、個人的にはこれは納得できるお話です。

私の周囲で、健康に気を使った挙句、逆に体を壊した人がそれなりにいらっしゃいますので、この仮説はそれなりに信憑性があるのではないかと思っております。迷信やマーケティングの宣伝を信じてオーガニックや無農薬に手を出すと痛い目を見ると個人的には思います。

結局、自分の頭でしっかりと考えるかどうか、かと思います。何がいいと宣伝されても、自分の目でしっかりと見て自分の頭で考える。それができていれば変なことになっても修正していけますし、それができていなければ体を壊しても原因に気づかず盲目なままです。強い個体であっても日常的に硫黄の入った岩塩を食べていれば体を壊すでしょう。自業自得といえばそれまでですけど、オーガニックや自然農はたまた無農薬にこだわった挙げ句に弱い個体が体を壊して排除されるというのは、なかなか人生も厳しいものだと感じます。


これは良し悪しを語ってはおらず、単に、そういう状況なのだ、という理解です。