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エゴが吸収された後、ハイヤーセルフとしての自覚が出てくる

2022-11-16
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

もしかしてキリストのいう三位一体とはこういうことなのかもしれません、とも少し思いましたけどキリスト教は詳しくありませんので違うかもしれません。

実のところ、言葉で言うと似たような状態は何回か、あるいはもっとあったわけですけれども、それらの時はいずれも、まだエゴとハイヤーセルフとの間に溝があったように思います。次第にその溝が埋まってきて、今回、エゴがハイヤーセルフに吸収されました。それ以前の状態ではエゴがハイヤーセルフの外側で動いて時には(小さくなったとはいえ)エゴが意識の中で優勢になることもあったのに対し、今回の後では、エゴそれ自体の大きさ自体はまだ少し残っている感じではありますが、そのエゴの全てがハイヤーセルフに包まれて、エゴがハイヤーセルフの中に吸収されている状態のままハイヤーセルフの中のエゴが少し動く、という感じに変わりました。これは似ているようでいて大きな違いで、特に意識しなくても普通の普段の意識の中でエゴよりもハイヤーセルフの方が優位になった、と言うことでもあるように思います。

以前であってもハイヤーセルフの意識は出ていましたがハイヤーセルフとエゴとがまだ僅かに分離していたのに対し、今回の状態ではエゴがハイヤーセルフに吸収されたことによりエゴという部分はあるにはありますけどハイヤーセルフの方が優勢になって、ハイヤーセルフとしての意識としての自覚が少しづつ出てきたように思います。

おそらくは一気になることはなくて、最初はただ単に胸の奥の創造と破壊と維持の意識として感じていたわけですけど、そのハイヤーセルフとしての意識の自覚が少しづつ出てきたのかな、とも思っています。

本山博先生の著者で、神秘体験をしてすぐに自覚が現れることはなくて、普通は、数年をかけて少しづつ自覚が出てくるものです、みたいなお話を読んだことがありますが、これはそういうことかもしれません。

最初はただ単に胸の奥の神意識としての自覚しかなくて、それによってエゴが消え去る恐怖及び神意識に委ねる心地よさとが混在していました。

今は、既にエゴの方が観念してエゴがハイヤーセルフに(いわゆる)明け渡しをして、とは言いましてもハイヤーセルフの意識からすると明け渡しではなくエゴを吸収するような形で統合し、そうするとハイヤーセルフの意識が表に出やすくなって、少しづつハイヤーセルフとしての自覚が出てきたように思うのです。



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