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エゴ(自我)がハイヤーセルフに吸収される

2022-11-14
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

まだ小さく残っていた慢心とエゴ(自我)が力を失いかけ、「自分(エゴ)なんていない方がいいよね」と悲しいことを言って力を失って心の中でたたずんでいます。その時点ではまだエゴ(自我)と胸のアナハタ(ハートチャクラ)との間には微かな分離があり、同じ体の中ではありますけど、一応は別のものとして存在していたように思います。

そのように悲しいことを言うエゴに対して、アナハタのハイヤーセルフの意識は「そんなことないよ。この地球の物理的な世界で生きるには肉体がないと生きられないように、ハイヤーセルフとしての本当の私と肉体を結びつけて意志の通りにこの現実を生きるために、エゴというものも必要なのですよ」と、優しく語りかけます。

実際には両方とも自分の中に存在していて、外から話しかけられたものではないのですけど、自分の中にある胸のアナハタに強く宿っているハイヤーセルフの意識が、それよりちょっと外側にくっつくようにして(外側と言っても体の中ですが)エゴが存在しているのです。

今まではエゴがしゃしゃり出ていて慢心が多少なりとも残っていたから物事がスムーズに行かないこともあって、本来はハイヤーセルフが主導していればもっと遥かにうまく行っていたはずなのです。それに気付けば気付くほどエゴは自分が邪魔な存在なのかと思って、上のように悲しいことを言い始めるわけです。

ですが、ハイヤーセルフはそれを包み込むようにエゴを受け入れます。肉体と同様に、エゴもハイヤーセルフにとって必要なものだからです。今までは、エゴがしゃしゃり出ていたが故にハイヤーセルフの意識を膜のように覆い隠していました。その膜が次第に薄くなってきたとはいえ、多少は存在していたわけです。その、膜としての部分が、(エゴが強い場合は文字通り膜ですが)既に膜としてではなく、多少の分離の意識としてハイヤーセルフの周囲に留まっていたように思います。

そうしてエゴが自分から身を引き、ハイヤーセルフに任せます、と言った時、ハイヤーセルフもそれを受け入れ、そうするとエゴが消えるというよりはエゴがハイヤーセルフに吸収されて一体となり、エゴがあるようでいてないような状態になったように思います。

慢心とかエゴとかいう気持ちは、たぶんなくはないのですけど、少なくとも分離という観点から言うと既にハイヤーセルフと統合されたように思います。視点がハイヤーセルフが主となり、エゴが観念したことを「受け入れ」て、ハイヤーセルフによるエゴの「吸収」が起こったように思います。

(続きます)



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