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幽体離脱のスピリチュアルでは真実が見抜きにくい

2022-05-28
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

幽体離脱は一つのスピリチュアルの形ではありますけど、その段階では真実がなかなか見抜きにくいような気が致します。幽体離脱の場合、実際のところ、時間と空間が自由になるという他は他人の理解においてはあくまでも「外」から眺めるか、あるいはオーラの融合(これはお薦めしません)によって相手を知ることになります。

幽体離脱の状態においては時空を超えられますから物事の発端や葛藤の原因など、慣れればその思念を辿ってその原因を追求できるようになります。ですけど、本当の意味で、その出来事およびその意味、及び、その根本的な意義やそれが起こった理由などは、幽体離脱ではなかなか知り得ないように思います。

これは、ある種、スピリチュアルが進んで他人の心が読めるようになったり他人の状況、特に親しい人の気持ちや状況およびその人に起こった出来事などが走馬灯のように見えるようになったとしても、あくまでも外から見ているに過ぎないわけです。

表面的な気持ち及び意図を読み取って、その読み取りができたところで、あたかも相手を100%理解したような気持ちになってしまうのが割とスピリチュアルが成長したばかりの人が陥る一つの罠であるわけです。しばらくすると、「あれ。100%理解したような気がしていたのに、何か、違うな・・・」と、大抵の場合は自分で何かおかしいと気付くわけですけれども、実際のところ、そのようにスピリチュアルで感じ取ったり見たり聞いたりしたようなことは、所詮は外側から見た状態に過ぎないわけです。

自分のことを思い返してみればそれは明らかで、表層で何か意図して思考が走っていたとしても、奥底の意識において違う意図をしている、なんてことは普通にあるわけです。まあ、ある、というのも語弊がありますけど、スピリチュアルがそれほど成長していない人の場合は、そうして、表層の顕在意識と奥底に深層意識あるいは潜在意識とが乖離しているのが普通なわけです。一方で、それなりにスピリチュアルが成長すると顕在意識と潜在意識とが繋がってきて乖離がなくなってきて、潜在意識がやがては優勢になって元々潜在意識だった部分が顕在意識のように面に出てきて、それこそが集合意識と繋がっていたりするわけですけれども、そのようになる前は、顕在意識と潜在意識が乖離しているのが普通なわけで、スピリチュアルで他人の気持ちや意図を読み取るというのは大抵の場合は顕在意識を読み取っているだけですので、顕在意識であれこれ思っていたとしても、それは、本当の意図とは違っていたりするわけです。

(続きます)



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