溢れ出る感謝の気持ちがエゴを包み込む

2022-05-16
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

ハイヤーセルフと胸の奥で繋がると感謝の気持ちが溢れ出てくるわけですけど、それは、ただ「ありがたい」という気持ちなわけです。空間、特に胸の奥が愛あるいは暖かいもので満ちていて、その満ちているという感覚は感謝そのものでもあるわけです。

そうして、最初は溢れ出る感謝の気持ちがハイヤーセルフとして認知されるわけですけど、それは、特に最初は受動的なものであるように思います。胸の奥から溢れ出て、満ちていて、感謝が自然と発生する。自発的な現象ではあるのですけど、それは湧き出てくるような感じを伴いますので、受動的なものとして認知されます。湧き出てくること自体は自発的ではあるのですけど、溢れてくる愛あるいは感謝の気持ちを自我が受け止めて「ありがたい」「ありがたい」「ありがたい」と、それだけを認知します。

そこには感謝しかないわけです。「あぁ、ありがたい」それしかないわけです。

そうして、しばらく感謝のみの状態がしばらく続き、割と感謝の状態が安定すると、感謝と自分(エゴ)というものの融合がもう一歩進んで、自我(エゴ)が感謝で包まれて、ハイヤーセルフの感謝の中心に核としてのエゴ(自我)があるように認知されます。

エゴ(自我、アハンカーラ)というとスピリチュアルや宗教界ではよくないもののように認知されることが多いですけど、実際、こうしてハイヤーセルフが自我(エゴ)を包み込んだ状態になってみると、エゴというものは自分というものの核として必要なものであることがわかります。

自分というものはもちろん幻影にしかすぎなくて分霊になったりグループソウルとの融合などをすれば自分というものは再構成されますので本当の自分というのはハイヤーセルフあるいはグループソウル、あるいはアートマンなどと言われる上位のものではあるのですけど、そうは言いましても、この世を生きる上で今いる分霊としての分け御霊としての自分にとっては核となるのは自我(エゴ)な分けです。

ハイヤーセルフと繋がったのち、最初の予想では、ハイヤーセルフに委ねて行ってエゴがどんどんと消えてゆくのかもしれない、と思っておりました。しかしながら、必ずしもそうではないようなのです。確かに、エゴが消えるという面はあって、どんどんとハイヤーセルフに(あるいはざっくばらんにいうならば神様に)委ねることが増えて行ったわけですけど、それは、エゴが完全に消えてしまうというわけではなく、エゴそれ自体が純化されてゆき、エゴが核として重要な働きをするようなのです。

この地上を生きる上でエゴ(自我)というものがとても重要で、エゴは純化こそすれ、消えてしまうことはない、ということなのだと思います。そうして、次の段階が訪れます。

(続きます)