静寂の境地と感謝との合一(同テーマ&時系列の前記事)

タイムラインをやり直しても魂の記憶は消えない

2022-04-10
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

特に夫婦間の絆において、あまり気分の良くないことが起こったとして、それをタイムラインで遡って回避したとしても魂の記憶は消えないのです。これは何においても当てはまります。

例えば、妻あるいは彼女がいたとして、女の方は既に処女ではなくて男が童貞だったとします。女の方がすぐに果てる男を見た時に「ふふふ」と見下したとしたら、その記憶は魂に刻まれてしまうことがあるわけです。それは、たとえ、タイムラインを遡ってやり直して、女が処女のうちにゲットするようなタイムラインに上書きしたとしても、魂の記憶としては、最初の見下された記憶が刻まれて残ってしまうわけです。

ですから、タイムラインを遡ることで表層は上書きできますけど、魂というレベルにおいては全ての記憶は残されていて、それは消えないのです。

表層では大人しくて優しい妻のように見えたとしても、どこか気弱で、何かに頼っていなくては押しつぶされそうで、夫が定年になるまでどこか不安で、夫が定年になって始めて不安がなくなって本当に安心したような妻でしたけど、特に仲が悪いということもなく、あの世に行ってからも一緒でしたけど、それでも、魂というレベルにおいては過去の記憶は消えないのです。

これは、誰しもが全てわかるのかというと、それは分かりません。他のタイムラインのことを識別できない人もいるのかもしれませんけど、私にとっては他のタイムラインをある程度認識するのは普通のことですけど他の人にとっては今のタイムラインが全てなのかもしれませんし、実は皆さん同じように認識しているけれどもスルーしているだけなのかもしれません。

こうして、魂の記憶として残ってしまうと、どこか、態度にふと出てしまうものなのです。優しい妻ではあるけれど、「あぁ、あの時、見下されたな・・・」と、それがたとえ、他のタイムラインの出来事であったとしても、妻は自身ではそんなことしていないと思っていて記憶に全くなかったとしても、魂のレベルではその記憶は残されていて、ふとした時に、本当に信頼できるかどうかというところで、ちょっとした仕草に出てしまうわけです。

そうした仕草が重なってしまうと、そうした優しい妻であったとしても少しづつ不満が溜まってくるらしく、私のあの世のコミュニティにおいては過去の妻がたくさんいますけど、その妻はもっと自分を特別扱いしてほしいという不満が溜まってきて、そこまでではないですけど嫉妬と不満が少しづつ出てきて、ちょっと面倒な感じになってきました。

ここに来て思うことは、タイムラインを遡ってやり直すことで表層の失敗を取り消すことはできても、深いところでの本質の面でいうとやり直すことはそこまで重要ではない、ということです。

本質のお話は魂のレベルのお話で、タイムラインとは関係なく時空を超えて存在している普遍の意識ですから、タイムラインをやり直すかどうかというのは時間と空間の中のお話ですので表層に過ぎないのですよね。

私のこの教訓としては、妻とか結婚するとかそういうレベルにおいてはタイムラインを遡るというのはあまり意味を持たないのだな、ということです。結局、美人で大人しくて優しい妻だとしても「ふふふ」と見下すような人というところがその妻の本当の本当の本質だとしたら、その本質が最初に分かっていたのだとしたら、タイムラインを遡って回避するなんてことをせずに、最初からその人は選ばない方が良かったのかもしれないのです。

このあたり、人の笑顔の意味を読み取る、という点においてこの時点では経験が足りなくて、特に、心の奥で何かを思っていて利益のために笑顔でいるような人の笑顔の意味を読み取るという点において理解が足りなかったように思います。

表層では大人しくても裏で何かを企んでいる、みたいな人の本性を読み取るのが私は割と苦手で、それを知るためにここしばらくの人生を繰り返していたとも言えて、特に今回の人生では、割と周囲に性格の悪い人が多い環境を選ぶことで性格の悪さと笑顔という関係を深く学んだように思います。



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