タイムラインと過去と未来のお話

2021-03-22 記載
トピック:スピリチュアル: 歴史

先日少し言及しましたけど、タイムラインとパラレルワールドのお話です。

スピリチュアルでタイムラインとかパラレルワールドとか言われていますけど、実際は、もっと単純なのです。1人の視点で考えるとすごく簡単で、複数人のパラレルワールドがそれぞれに存在していますので厳密に見ようとすると無限に広がっていって訳がわからないことにもなりますけど、基本は単純なのです。

まず、タイムマシンがあると思いましょう。

人生を生きて、時を遡ることができて、時を進めることができるタイムマシンです。過去にも未来にも行けます。これが基本です。

まあ、このあたりは普通ですね。スピリチュアルでよく言われていることだと思います。

タイムラインの考え方として、基本は今生きている人生で1本になります。過去から未来まで1本のタイムラインが続いています。

そして、過去のある時点から分岐したタイムラインが複数存在して分岐路のようになっています。ただし、道が分かれるだけで合流はしません。分かれるわけです。人の選択によってタイムラインが分岐することはあっても、合流はしません。

これで既に沢山のタイムラインができてしまいましたが、もっと単純化してみましょう。実際には自分自身の人生に関してはその方が正解に近いのです。

まず、タイムラインAの人生を生きたとします。その人生を生きた結果、人生経験を元に良かったことや悪かったことあるいは願望などが振り返りとして生じます。そうすると、次の人生はどうするかというと、別の人生を歩む場合もあれば、時代を遡って人生をやり直す場合もあるわけです。前者の場合は割と続きのタイムラインに見えますし、後者であれば、パラレルワールドとしてのタイムラインのように一見すると見えます。ですけど、時空という観点からすればどちらも大差ないのです。

続きの時代で人生を生きたとしても、時代を遡って同じ時代、もっと言えば、全く同じ人として同じ家庭の同じ場所に生まれたとしてもそれは時空という観点からすると続きの時代で人生を生きたときと変わりないのです。

最初に生きた人生はどちらの場合でも「時空を超えた過去(良い言葉が見つかりませんけど)」とでも言うべき、タイムラインの順番としては最初のものとして時空を超えた過去として存在し続けるわけです。それは、タイムラインを生きた経験としてその経験はハイヤーセルフとも言うべき高次の自分の経験として蓄積されています。

その上で、また同じ時代の同じ人として生まれることもできます。それは、前の人生で心残りだった点があったり、使命があったのにうまく行かなかったからやり直す場合、あるいは、試しにすごく違う人生を送ってみる、とか、様々な要因がありますけど、どの場合においても自分の意思でやり直す、という決断があるわけです。その場合、パラレルワールドとして単純に存在しているだけではなくて、前の人生を生きた経験は別のパラレルワールドに存在していて、それは今の普通の人生の過去の人生と同じように一続きのものとして過去の経験が蓄積されているのです。

ですから、単純にSFのようにパラレルワールドがあるとかないとか平行宇宙があるとかないとか違う世界が面白いとか面白くないとかそんなお話は割とどうでもよくて、いわば学びのため、あるいは好奇心、あるいは向上心、あるいは後悔によって、など、様々な理由でパラエルワールドが作られて経験されてゆくわけです。

そのように、パラレルワールドは次々と作られますから、様々なパターンがあります。

パターン1.過去 →→→(人生)→→→ 未来 →(次の人生)
パターン2.過去 →→→(人生)→→→ 過去に戻る →(次の別の人生)
パターン2.過去 →→→(人生)→→→ 過去に戻る →(同じ人の別のパターンの人生)

その時、意思というのはその時々の現在の時点にフォーカスしていますので過去に戻ったとしても戻ったその時点においては現在の時間として物事を経験します。

人生1 → (過去に戻る) → 人生2(人生1より時代は昔)

とあった場合、人生2で生きている人生においては人生1は歴史的には未来ですけど意識からすると「過去」のように認識されます。ここがちょっと混乱するところかもしれませんけど、魂というか意識からすると人生1を経験した後に人生2を経験していますので人生1は歴史的には新しいかもしれませんけど意識としては過去になるわけです。過去生が歴史的には未来になるわけですね。

これをパラレルワールド的に説明すると、もし人生1と人生2の歴史が重なっている場合はパラレルワールドということにも一応はなりますけど、そのような歴史的な観点はあまり重要ではなくて、ただ単純に人生1と人生2のタイムラインがあって、たまたま歴史的には被っているかもしれないし被っていないかもしれない、と考えるべきなのです。実際そうです。

歴史的観点が最初にあるからパラレルワールド的な考え方になるのであって、最初から意識が時空を超えているという観点からするとパラレルワールドとかではなくてただ単純に意識が過去にも未来にも行ってその時代で人生を経験する、という、ものすごくシンプルなお話になります。

こうなるとパラレルワールドとかは重要ではなくて、歴史的に過去かもしれないし未来かもしれないけれども、重要なのは意識がどの順番でどの時代で人生を送って経験を積んだか、というその1点だということがわかるわけです。

そうは言いましても、これは割とスピリチュアルな人のお話で、物質に近ければ近いほど歴史という時間軸に沿った生き方になります。岩や水、あるいは空気などは時代に沿ってずっと存在していて、それらの固定的な物質的なものにも一応は意識のようなものはありますけど、それら物質的な意識は時間軸を超えたりはしません。

それと同じように、スピリチュアルではなくて猿に近い意識を持った人であればあるほど歴史という時間軸に囚われた人生を送りますから、そうであれば、時代に沿って人生を経験するということになります。

自分の意思で時間軸を自由に移動できるかどうかというお話であればこんな感じでスピリチュアルな制約がかかりますけど、これとは別に、ガイドあるいは契約のようなもので手助けをしてもらって時間軸を超える場合もありますので、必ずしも時間軸を超えられるかどうかがスピリチュアルの度合いそのものではないのですが、基本はスピリチュアルの度合いによって自分の人生を好きなように設計することができるわけです。

このような観点からすると、具体的には以下のような誤解と実際の姿の対比があります。

・誤解「パラレルワールドがあるような気がする。」→実際「同じ時代で別の人生において以前に経験した時の記憶がある」
・誤解「パラレルワールドにジャンプできる」→実際「過去に経験したタイムラインに意識を移すことができる。やっぱり昔のタイムラインの方が良くて、そこからやり直したい場合は特定の時点に意識を移してそこから別のタイムラインに分岐することができる。以前経験したタイムラインの途中で分岐する。」
・誤解「未来は複数あってパラレルワールドになっている」→実際「2つ可能性があります。過去に経験したタイムラインで歴史的に見ると未来の記憶がある場合と、単純にアストラルな意識の雛形が複数ある場合とがあり、前者は記憶であり、後者は想念としての思いがひな形になっているだけですので別物です。後者は経験としての記憶ではありません。」

未来は現在の選択の積み重ねと言いますけど、思いの想念がアストラルで形作られて未来が形成されてゆくわけです。それは記憶としての(時空を超えた)過去に経験したタイムラインとは全く違っていて、そのアストラルが未来のタイムラインのように見えるかもしれませんけど未来に関しては単純にアストラルな形が複数できていて、どれが現実化するかは100%は決定していないわけです。

それとは別に、(時空を超えた)過去としての以前の人生で経験したタイムラインがたまたま未来の時間だった時は未来のように見える、ということもあります。ですけど、それはそのタイムラインを経験した後に時間を遡って同じ時代の人生を別のパターンでやり直しているということでありますので同じ未来になるかどうかはわからないわけです。

これら2つは微妙ですけど、慣れれば瞑想や夢の中で過去の記憶としての未来記憶と単純にアストラルとしての未来との区別がつくようになります。これらは割と浅い目覚めの意識と言いますか、あくまでも瞑想や夢などにおいて人間の顕在意識あるいは潜在意識からアクセスできる情報になります。

これとは全く別と言いますか、もっと深いところで、スピリットのレベルにおいて、いわゆる幽体離脱と言いますか時空を超えられるスピリットが体を抜け出して時空を超えて過去と未来を見る場合もあって、その場合はもっと俯瞰的に見ることができます。時間を自在に行き来してタイムラインを見たり未来を計画したりできます。

瞑想中にアストラルとしての未来が見える場合と、スピリットのレベルで未来を計画する場合とは一見すると矛盾のようにも見える場合があります。瞑想中に浅い意識である顕在意識に近い深層意識のようなところを使って未来を見た場合、思いの想念の形としての未来が見えます。

一方、スピリットになって幽体離脱をした状態で未来に実際に行く場合は、未来が実際にあるものとして未来を認識します。

ですから、普段の一般人としての生活においてはこの種のスピリットとしての視点は基本的に持てなくて、単に思いの想念としてのアストラルな未来を垣間見ることになります。一方で、過去に関しては記憶のようになります。

それとは別に、幽体離脱を深いレベルでスピリットと繋がった状態で行うことができれば時空を超えることができて、その時は、過去も未来も行き来できて、未来に関しても「その時点」に実際に移動することで、未来の特定の時点で、そのスピリットの状態では現在という認識においての未来に働きかけて人生を変えてゆくことができます。

これら2つの視点はそれぞれ流派によって言い方がありますけど、顕在意識に属するものと、深い意識あるいはハイヤーセルフとも言われたりするような深い意識に属するものとがあります。

これら2つを使って未来を創造してゆくわけですけれども、普段の生活では顕在意識に近いところで瞑想や夢で少し深層意識を垣間見て日々の生活を送るわけです。その時は、上に書きましたように思いとしての想念のアストラルな意識を未来のイメージとして見ながらそれをガイドにして生きることになります。