そもそもその人が生まれる前から関係のある団体や人たちがありますから、そのような縁のある団体と関わることが多いように思われます。その上で、興味があれば探求をするのも自由であるわけです。
変えない方が良いのか、というよりは、変わらないことの方が多い、というお話のように思います。
他人についてどうこう言うべきではなく、人には自由意志があってその選択は保証されていますから、他の流派に興味があればそれは自由にすべきなわけです。一方、決まりや約束などで他人の自由を奪う行為は宇宙の法則に反しています。
とは言いつつも、自分に合っている団体や人たちの中にいれば長くいることが多いと思いますし、それを端から見れば「流派を変えない」というようにも見えたりもするかもしれませんが、その人とて、時が来て環境や自分を変える必要性(それは内なる衝動にて行われます)がでてきたら躊躇なく移ることでしょう。それもまた自由なわけです。
結局、変えない方が良いのかどうか、というのは打算的あるいは観察的、他人を見ていてそう思えたり、はたまた、利益のために他人を縛り付ける行為だったりするわけです。人には自由意志があって移るも続けるも自由でありますし、そうは言いましても長く続けた方が心地よかったりやりやすかったりもしますから、変えない方がいい、ということはそれなりに妥当性があるものの、絶対ではないわけです。
似たようなお話でヒーリングの際にヒーラーを変えない方がよい、ということが昔は言われていて、たぶん30年くらい前からそのようなお話を聞いていますけど、最近はあまり聞かないように思います。私の知らないところでそのようなことを未だに言っている方もおそらくいらっしゃるかと思います。実のところエネルギーには質の違いがあって、混ざるとよくわからない、理解できない、自分でそのエネルギーをうまく自分のオーラと融合できない、ということも起こります。ですから、オーラのエネルギーの扱いに慣れていないうちはあまりヒーラーを変えない方が良い、その方が効果が出やすい、ということはあるかと思います。更には、ヒーラーにもいろいろな人がいて、他人の意志を縛り付けて何度もヒーリングに通わせて大金を取るような方もいらっしゃいますので、このようなお話は一般的な常識に照らし合わせて、他人の意思を尊重しないような方のことは信用しない、という普通の世間でのお話を当てはめれば良いかと思います。
スピリチュアルな団体には色々あってそれぞれ特色があります。多分に、お局様のような人がいて幅を効かせたりしていますけど、そのような面倒なお話は割とどこにでもあって、それでも、自分に合うところを探していけば良いかと思います。