ハートに意識を下ろすことで観察の状態になる

2022-04-12
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

意識が眉間のアジナにあると思考が生まれ、ハートに意識があると観察の状態になるように思います。
ここでいう思考とは顕在意識の論理思考ではなくて、割と空間に生まれる意識のことです。

その意味においては、古代からチャクラで言われていたような知識がそのまま当てはまって、眉間というものは第三の眼でサード・アイあるいはアジナ・チャクラになっていて物事が見通せるわけです。ですけど、物事が見通せるというのはアストラルの次元においては思考を感じ取るということも含まれていて、ですから、眉間に意識を合わせると(空間に)思考が生まれる、あるいは、(空間に生まれる)思考が感知できるわけです。

一方で、ハートに意識がある時は思考はあまり生まれなくて(生まれているものが感知されなくて)、ハートにおいては基本的に(五感などにおける)観察の意識になります。

それほど慣れていない状態ではこの区別はそこまでなくて、眉間に集中することで雑念を抑えていく効果の方が高いですので基本はそれが優勢に働くわけですけど、基本的な雑念が消えた後において残る思考においては、眉間のアジナに意識があると思考が生まれる(ことが感知できる)ように思います。

顕在意識においては思考というものはとても明確でAだったりBだったりAxBだったり色々ですけど、眉間のアジナで感知できる思考というのは空間に生まれる基礎的な思考ですので、それは割と夢に近いものになります。夢のように脈略があったりなかったりしますけど、四次元空間におけるアストラルな思考というものは割とそんなもので、三次元のように整理されたものになっていないことが多く、ポンと思考が脈略もなく出てきては消えてゆくような、あまり意味のない思考がほとんどだったりします。そのような状態にあって、明確に必要な情報を探して見極めてゆくということが重要になったりするわなどがですけど、まず思考が感知されるということが第一段階になるわけです。

そのようにアジナでは思考が感知されますけど割と頼りにならないことが多くて、と言いますのもアストラルな思考というものは脈略がありませんから、感知できたからと言って、ヒントになることはあるにはありますけど、単なる夢に近いものも多いわけです。

一方、ハートに意識があるときはそのような雑多な思考から解放されて現実だけがよく見えるようになって、かと言ってハートだけで生きるわけではなくてアジナも感知としては重要なわけですけど、状態として、ハートに意識がある時はいわゆる観察のヴィパッサナーの状態になって、周囲の「ありのまま」がよく見える状態になるわけです。