銀河系の形のように部屋の隅々まで広がるオーム

2020-04-16 記載
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

銀河系の中心を自分として、銀河系の周囲に星々が広がるかのように自分の周囲にオームが広がってゆくのを感じます。

今まで・・・ というか、ふと気がついたのですが、昔は割と眉間への集中のためにオームやマントラを使っておりましたが、次第に集中が不要になってきました。以前にも似たようなことを書いたかと思いますが、最近はその度合いが増えました。

最近でもオーラが発散しがちな時は眉間への集中でオーラを凝縮させていたわけですが、今日のことで言いますと、集中しなくてもオーラが割と凝縮されて安定しています。であれば集中が不要であると言えます。

その状態でオームを瞑想中に座禅を組んだまま心の中で唱えると、今までは眉間が反応していた、ということはあったのですが、周囲に広がる感じはあまりありませんでした。今朝は、自分が銀河の中心にいて部屋全体あるいはそれよりもちょっと広い範囲までオームが響き渡るのを感じました。それは静けさと共に広がるオームです。

瞑想中の状態の違いと言えば、目の筋肉の使い方が変わりました。

以前は集中する時はどうしても目の筋肉が入ってしまいましたが、今は、目を開けた状態から軽く目を閉じるだけになりました。

禅で半眼の瞑想をしたりするようですが、目を緊張させないという観点からは似ている気が致しました。ただ、半眼ですと周囲が見えてしまいますので、それよりは目を閉じた方が私はやりやすいです。半眼の時は強制的に目の緊張が解除されますが、目を閉じると緊張しがちという難点はありますけど、今は割と目に力を入れないようになってきています。

もともとヨーガの瞑想の基本として、眉間に意識は集中するけれども筋肉の力は入れない、というのは言われています。そうではあるのですが、瞑想を続けるうちにどうしても力が入ってしまうのです。ですからそのような注意がされているわけですけれども、最近は集中がなくてもオーラが安定しておりますので眉間の緊張も取れてきた、ということだと思います。

ヴィパッサナー状態になるためにはリラックスをして意識の緊張は解く必要があるわけですけれども、ヴィパッサナー状態を維持するためには緊張を解くための逆方向の力とでも言いましょうか、そのような維持する努力が今までは必要だったわけですが、最近は、維持する努力が次第に不要になってきた、ということも言えると思います。

ふとしたことでヴィパッサナー状態になり、最初は努力が必要でしたが、努力が不要になる、ということかと思います。

勘違いして欲しくはないのですが、ヴィパッサナー状態それ自体は努力とは無関係に起こります。意識の深いところで観察が起こります。それはそれとして依然として観察が存在し続けるのですが、観察する認識を妨げる顕在意識を抑えるために顕在意識と同じレベルでの抑える努力が必要なのであって、ヴィパッサナーの観察する意識に対して努力をすることはできません。

顕在意識で見ていたものを、より潜在意識に近いところで見るのがヴィパッサナーであると言えます。そして、顕在意識を抑えた時にだけヴィパッサナー状態になる... と言いますか、ヴィパッサナーの観察は顕在意識とは無関係に常に現れ続けますが顕在意識が働いているとヴィパッサナーで識別するのを妨げますので顕在意識を押さえる必要がある、ということです。

そして、今回の場合、その、潜在意識を抑える力が次第に不要になってきた、ということです。そのことにより、普段の生活でヴィパッサナー状態を維持することが以前より容易になってきたと言えます。不要になってきたと言っても力が抜けてきたということですので程度問題であってゼロにはなっておりませんのでヴィパッサナー状態を維持するためにはまだ弱い努力が必要で、まだ先があると言えます。