レムリア時代のアセンション
夢で見たファンタジーのお話ですけど、私、おそらく古代レムリアの時代に一度アセンションしてます。 そういう夢を見ました。
その時、民族の大多数が一気にアセンションしたので、私は特別に修行しているわけでもなかったのですが皆の意識に合わせることで一緒に自然にアセンションしていました。 あれれれれ? って感じで、一気に世界が変わったのです。
当時はおそらく今みたいな3次元の世界ではなく、もっとふわふわとした、いわゆる幽体あるいはアストラル体に近い世界だったと思いますので、その世界でアセンションと言っても、少し雰囲気が変わる、みたいな感じ(それでも大きな違いですが)だったように思います。一段階上がるわけですから、それはそれは大きな違いではありますが、今の世界のように3次元ではないのでずっとアセンションしやすい世界だったように思います。
近い将来にアセンションが再度あるとしたらまた体験したくて生まれてきているという面も少しありそうです。
・・・繰り返しますけど、これは夢のお話ですよ?
そのまま上の世界で暮らすこともできたのですが、地上の世界に興味があったので地上をふらふらと様子を見に遊びにきて、そのうち興味本位で転生を繰り返した魂が私の過去生みたいです。
ですから、私の場合は一旦アセンションした後に下の次元に下降した訳です。
昔は理由が興味本位だと思っていましたけど、言い換えればそれは学びがまだ必要だったということでもありますね。レムリアの時はみんなと一緒のアセンションだったので一部まだ学び足りない、遊び足りない部分があったのかなと。なので再度、地上に遊びに来た訳です。真面目に言い換えれば「学ぶため」とも言えますけど、学ぶというよりはむしろ遊ぶため、という感じですね。
そろそろまたアセンションがあるとかないとか言われていますけど、3次元の世界がなくなるような気はしませんね。3.5次元くらいのふわふわした感じの世の中に変わる可能性はある気がしますけど、基本はそう変わらない気もします。(この次元数は単なる比喩なので厳密な数字ではありません。)
2つの将来像が見えるのですが、1つはアセンションしない未来で、もう1つはアセンションする未来です。
どうやら、未来がどうなるのかまだ確定していないような感じです。どうなるのでしょうね。
■コギ族のマモス
本当かどうかはわかりませんが「ハートの聖なる空間へ( ドランヴァロ・メルキゼデク 著)」という本には、1999年までに起こる筈であった大変革がマカバによって回避された事が書いてあります。それによると、元々の計画ではテクノロジー中心文明の人は地球の別次元に行き、先住民族や自然派の人が物理的な地球を受け継ぐ筈だったそうです。この回避は、肯定的なこととして受け止められています。
これがアセンションと関係があるのかどうかは記載がありませんが、私の夢の内容を踏まえますと、アセンションはこれとは無関係のような感じです。
大改革が回避されたとしても、それでも、やはりアセンションがあるかどうかは未確定のようです。
可能性はまだ半々で、アセンションがずっとないか、あるいは、あるとしても、誰しもがもはやアセンションなど起こらないと思うようになるほど遠い未来に起こる感じです。おそらく、あるとしたらあと数十年以内でしょうか。
上のような大改革はなくても、天変地異はあるかもしれないです。それも含めて、まだ未確定のような感じです。
・・・・夢ですよ。
夢を見たのはいつ見たのか覚えていないくらい昔で、たぶん子供の頃だったと思います。 でも、ふとした時に思い出すのです。
[2020/11/27 追記]
もともと今の地球の三次元よりももうちょっとだけふわふわっとした3.5次元か4次元に近い世界でしたので、そもそもアセンションしやすかった環境だったように思います。クリスタルを使った文明だった気もします。ゲームのファイナルファンタジーのクリスタルの文明のイメージが割と近いですかね。ああいうのは意外と高次の存在がインスピレーションを与えていたりしますので現実を反映していることがあります。
私が地球にやってきてレムリアに転生した時、実際は転生というかテレポーテーションして物体化した、という感じだったような気がしますが、レムリアの時空に顕在化してレムリアの最後の時を共にしました。
三次元的には破壊が起こりましたが、世界の全て、おそらくはレムリアの周辺だけだったような気もしないでもないですが、レムリアの一帯で空間が変異して体が軽くなり、エネルギーに満ちて空中に浮き、そのまま霊体に近い状態になったような気が致します。
私の場合は肉体は生きたまま肉体の素質そのものが変異して霊体に近い体に変異したような気が致します。その時に肉体が死んでアセンションした人もいたのかもしれませんけど、私の周囲ではそのように肉体が死ぬ人はいなくて、周りにいた人と一緒に ふわっ と浮くような感じでみんな一緒にアセンションしたと思いますね。
レムリアの人々の半数以上はおそらくそのままアセンションして別の惑星に移動したと思います。
そして、地上のレムリアに残されてアセンション出来なかった人たちは一緒にアセンションできずに置き去りにされた悲しみと地上のレムリアの物理的世界が崩壊した悲しみを感じつつ次のアトランティスの時代を生き、そして今の時代にまでその悲しみを胸の奥深くに抱えたまま生きているレムリアの生き残りがいるわけです。
私が見たところ、アセンションできた人たちは愛に満ちていて地上に未練はなく、嫉妬や怒りもなくて(ちょっとあったとしてもすぐになくなって)、非常に純粋な人たちのような気が致しますね。
一方で、アセンションできずに今生でレムリアの生き残りと自称している人たちはどこか人生に課題があるような気が致します。他人に対する嫉妬であるとか怒りであるとか、何がしか欠けたところがあるように思います。それらの人たちは魂の遍歴としてアトランティスやその後の時代を生きた魂もあれば、レムリアの後でフリーズ状態になって固まっていて最近になってようやく目を覚ましたような魂もあります。アトランティスやその後を生きてきて怒りや嫉妬を抱え込んでしまった魂もあれば、レムリア時代に解消できずにいてアセンションできなかった課題を未だに抱えている魂もあるようです。どちらにせよ、アセンション出来なかった組の人たちは何がしかの足かせがあるようです。
ですから、レムリアはたしかに素晴らしい文明でしたが、その文明を支えていた素晴らしい人々のほとんどは既にアセンションしていて別の惑星に移動してしまっているということです。その点を踏まえれば、レムリア生まれだったからと言って必ずしも愛に満ちているわけではないということがわかります。
私はレムリア最後にアセンションしたけれども地球に興味があるというか地球でまだ学ぶことが残っていると思ってそれからも度々地球に来ている感じです。
補足: [2020/12/12 追記]
一般的にアセンションは次元上昇と言われていますし、なんとなく聞かれたら「まあ、そうかな」とは答えますけど、厳密な意味で私が体験したものが次元上昇だったかどうかはわかりません。わかるのは、肉体に近い組成だったものがアストラルなものに変化して、意識が多次元なものに変わった、ということです。その時に三次元での肉体が崩壊したのかもしれませんけど、どちらにせよ、あまり苦もなくいつの間にかアストラル的な存在に変化していました。それが次元上昇だったのかどうかはわかりませんけど、あれをアセンションと呼ぶのなら、まあ、きっとそうなのだと思いますし、次元上昇ですか? と聞かれたなら、まあ、そういうことかもしれないね、と答えるかもしれません。現実が先にあって、それをどう表現するのかは難しくて、アセンションと言えばアセンションだし、次元上昇と言えば、まあ、そうかな、という感じです。アセンションとか次元上昇なんてそんなもんです。
その時、民族の大多数が一気にアセンションしたので、私は特別に修行しているわけでもなかったのですが皆の意識に合わせることで一緒に自然にアセンションしていました。 あれれれれ? って感じで、一気に世界が変わったのです。
当時はおそらく今みたいな3次元の世界ではなく、もっとふわふわとした、いわゆる幽体あるいはアストラル体に近い世界だったと思いますので、その世界でアセンションと言っても、少し雰囲気が変わる、みたいな感じ(それでも大きな違いですが)だったように思います。一段階上がるわけですから、それはそれは大きな違いではありますが、今の世界のように3次元ではないのでずっとアセンションしやすい世界だったように思います。
近い将来にアセンションが再度あるとしたらまた体験したくて生まれてきているという面も少しありそうです。
・・・繰り返しますけど、これは夢のお話ですよ?
そのまま上の世界で暮らすこともできたのですが、地上の世界に興味があったので地上をふらふらと様子を見に遊びにきて、そのうち興味本位で転生を繰り返した魂が私の過去生みたいです。
ですから、私の場合は一旦アセンションした後に下の次元に下降した訳です。
昔は理由が興味本位だと思っていましたけど、言い換えればそれは学びがまだ必要だったということでもありますね。レムリアの時はみんなと一緒のアセンションだったので一部まだ学び足りない、遊び足りない部分があったのかなと。なので再度、地上に遊びに来た訳です。真面目に言い換えれば「学ぶため」とも言えますけど、学ぶというよりはむしろ遊ぶため、という感じですね。
そろそろまたアセンションがあるとかないとか言われていますけど、3次元の世界がなくなるような気はしませんね。3.5次元くらいのふわふわした感じの世の中に変わる可能性はある気がしますけど、基本はそう変わらない気もします。(この次元数は単なる比喩なので厳密な数字ではありません。)
2つの将来像が見えるのですが、1つはアセンションしない未来で、もう1つはアセンションする未来です。
どうやら、未来がどうなるのかまだ確定していないような感じです。どうなるのでしょうね。
■コギ族のマモス
本当かどうかはわかりませんが「ハートの聖なる空間へ( ドランヴァロ・メルキゼデク 著)」という本には、1999年までに起こる筈であった大変革がマカバによって回避された事が書いてあります。それによると、元々の計画ではテクノロジー中心文明の人は地球の別次元に行き、先住民族や自然派の人が物理的な地球を受け継ぐ筈だったそうです。この回避は、肯定的なこととして受け止められています。
これがアセンションと関係があるのかどうかは記載がありませんが、私の夢の内容を踏まえますと、アセンションはこれとは無関係のような感じです。
大改革が回避されたとしても、それでも、やはりアセンションがあるかどうかは未確定のようです。
可能性はまだ半々で、アセンションがずっとないか、あるいは、あるとしても、誰しもがもはやアセンションなど起こらないと思うようになるほど遠い未来に起こる感じです。おそらく、あるとしたらあと数十年以内でしょうか。
上のような大改革はなくても、天変地異はあるかもしれないです。それも含めて、まだ未確定のような感じです。
・・・・夢ですよ。
夢を見たのはいつ見たのか覚えていないくらい昔で、たぶん子供の頃だったと思います。 でも、ふとした時に思い出すのです。
[2020/11/27 追記]
もともと今の地球の三次元よりももうちょっとだけふわふわっとした3.5次元か4次元に近い世界でしたので、そもそもアセンションしやすかった環境だったように思います。クリスタルを使った文明だった気もします。ゲームのファイナルファンタジーのクリスタルの文明のイメージが割と近いですかね。ああいうのは意外と高次の存在がインスピレーションを与えていたりしますので現実を反映していることがあります。
私が地球にやってきてレムリアに転生した時、実際は転生というかテレポーテーションして物体化した、という感じだったような気がしますが、レムリアの時空に顕在化してレムリアの最後の時を共にしました。
三次元的には破壊が起こりましたが、世界の全て、おそらくはレムリアの周辺だけだったような気もしないでもないですが、レムリアの一帯で空間が変異して体が軽くなり、エネルギーに満ちて空中に浮き、そのまま霊体に近い状態になったような気が致します。
私の場合は肉体は生きたまま肉体の素質そのものが変異して霊体に近い体に変異したような気が致します。その時に肉体が死んでアセンションした人もいたのかもしれませんけど、私の周囲ではそのように肉体が死ぬ人はいなくて、周りにいた人と一緒に ふわっ と浮くような感じでみんな一緒にアセンションしたと思いますね。
レムリアの人々の半数以上はおそらくそのままアセンションして別の惑星に移動したと思います。
そして、地上のレムリアに残されてアセンション出来なかった人たちは一緒にアセンションできずに置き去りにされた悲しみと地上のレムリアの物理的世界が崩壊した悲しみを感じつつ次のアトランティスの時代を生き、そして今の時代にまでその悲しみを胸の奥深くに抱えたまま生きているレムリアの生き残りがいるわけです。
私が見たところ、アセンションできた人たちは愛に満ちていて地上に未練はなく、嫉妬や怒りもなくて(ちょっとあったとしてもすぐになくなって)、非常に純粋な人たちのような気が致しますね。
一方で、アセンションできずに今生でレムリアの生き残りと自称している人たちはどこか人生に課題があるような気が致します。他人に対する嫉妬であるとか怒りであるとか、何がしか欠けたところがあるように思います。それらの人たちは魂の遍歴としてアトランティスやその後の時代を生きた魂もあれば、レムリアの後でフリーズ状態になって固まっていて最近になってようやく目を覚ましたような魂もあります。アトランティスやその後を生きてきて怒りや嫉妬を抱え込んでしまった魂もあれば、レムリア時代に解消できずにいてアセンションできなかった課題を未だに抱えている魂もあるようです。どちらにせよ、アセンション出来なかった組の人たちは何がしかの足かせがあるようです。
ですから、レムリアはたしかに素晴らしい文明でしたが、その文明を支えていた素晴らしい人々のほとんどは既にアセンションしていて別の惑星に移動してしまっているということです。その点を踏まえれば、レムリア生まれだったからと言って必ずしも愛に満ちているわけではないということがわかります。
私はレムリア最後にアセンションしたけれども地球に興味があるというか地球でまだ学ぶことが残っていると思ってそれからも度々地球に来ている感じです。
補足: [2020/12/12 追記]
一般的にアセンションは次元上昇と言われていますし、なんとなく聞かれたら「まあ、そうかな」とは答えますけど、厳密な意味で私が体験したものが次元上昇だったかどうかはわかりません。わかるのは、肉体に近い組成だったものがアストラルなものに変化して、意識が多次元なものに変わった、ということです。その時に三次元での肉体が崩壊したのかもしれませんけど、どちらにせよ、あまり苦もなくいつの間にかアストラル的な存在に変化していました。それが次元上昇だったのかどうかはわかりませんけど、あれをアセンションと呼ぶのなら、まあ、きっとそうなのだと思いますし、次元上昇ですか? と聞かれたなら、まあ、そういうことかもしれないね、と答えるかもしれません。現実が先にあって、それをどう表現するのかは難しくて、アセンションと言えばアセンションだし、次元上昇と言えば、まあ、そうかな、という感じです。アセンションとか次元上昇なんてそんなもんです。
他の人のアセンションの体験
ふと開いた本のページにそのような記述があり、それが私自身のレムリアのアセンションの記憶と類似していて興味深かったです。
最初にまず身体が軽くなって浮くような感じを体験します。そして実際にアセンションが始まるにつれて、細胞内の光の波動が高まってゆき、(中略)私は歓喜と光を感じ、深い放下(ほうげ)の感覚を体験しました。やがて私の身体は純粋な光となって空中を浮きながら、物質世界から姿を消して、定められた目的地である高い次元へと到達したのでした。そのあいだ歓喜と光、放下の感覚はずっと私のなかにあふれていました。 「プレアデス覚醒への道」より
この方は物質的な体からアセンションしたようですけど、私の場合はレムリア時代に半物質の少し宙に浮いたような状態からアセンションしましたので、元々浮いていたのが更に上昇した、という違いはありますけど概ね似ているように思います。
現代において同様のアセンションが起こるかどうかは良く分かりません。
この世界は無限の可能性があって、このようなことも普通に起こり得ると思っています。文字通り、制限はないわけです。どんな事でも起こり得ます。ただ、それが人の認知に入ってくるかは別のお話ですけど。
私の記憶によれば、レムリアの時にアセンションできなくて地上に残された人がその後、いわゆる先住民として地球に残ってアメリカンインディアンになったり南米の先住民、あるいはオーストラリアのアボリジ二になったりしたわけです。
それらの人々は現代の人々と比べると比較的に精神性の高い暮らしをしているという面も多いにあるのは確かですけれども、実際のところ、レムリアの時にアセンションできなくて地上に残された人たち、という面もあるわけです。
その後、アセンションした人たちのほとんどは別の世界に行きましたけど一旦アセンションしたもののこの地上での経験をもう少し積みたい人あるいは何がしかの理由があるほんの少数だけこの世界に残っていて、霊的な存在としてこの地球を導いたり、あるいは、わざわざまたこの世界に転生して人々を導いたり、単に経験を積むために地上の生活をしていたりします。ですけど、そもそもレムリアでアセンションしたのにわざわざこの世界に残っている人というのがかなりの少数派で、アセンションした大多数は新たなる次元で高次の精神性を伴う生活をしているわけです。
一方、そもそもアセンションできなくて地上に残された人々、というのも大勢いるわけです。
ですから、そもそもレムリア系の人々はこの地上の全人類の中で割と少数派ではあるのですけど、元々少ないレムリア系の中でも割と大部分がアセンションできなかった人たちで、レムリア系でアセンションしたのにわざわざまだ残っていて霊的存在として関わっていたり転生していたりする人たちはレムリア系の中でも割と少数派のように思います。
今後、地球で同じような大規模な大多数のアセンションが起こるような気はしなくて、あるとしても個別になるのではないかな、と思っています。
(2021/1/2 少し追記)
最初にまず身体が軽くなって浮くような感じを体験します。そして実際にアセンションが始まるにつれて、細胞内の光の波動が高まってゆき、(中略)私は歓喜と光を感じ、深い放下(ほうげ)の感覚を体験しました。やがて私の身体は純粋な光となって空中を浮きながら、物質世界から姿を消して、定められた目的地である高い次元へと到達したのでした。そのあいだ歓喜と光、放下の感覚はずっと私のなかにあふれていました。 「プレアデス覚醒への道」より
この方は物質的な体からアセンションしたようですけど、私の場合はレムリア時代に半物質の少し宙に浮いたような状態からアセンションしましたので、元々浮いていたのが更に上昇した、という違いはありますけど概ね似ているように思います。
現代において同様のアセンションが起こるかどうかは良く分かりません。
この世界は無限の可能性があって、このようなことも普通に起こり得ると思っています。文字通り、制限はないわけです。どんな事でも起こり得ます。ただ、それが人の認知に入ってくるかは別のお話ですけど。
私の記憶によれば、レムリアの時にアセンションできなくて地上に残された人がその後、いわゆる先住民として地球に残ってアメリカンインディアンになったり南米の先住民、あるいはオーストラリアのアボリジ二になったりしたわけです。
それらの人々は現代の人々と比べると比較的に精神性の高い暮らしをしているという面も多いにあるのは確かですけれども、実際のところ、レムリアの時にアセンションできなくて地上に残された人たち、という面もあるわけです。
その後、アセンションした人たちのほとんどは別の世界に行きましたけど一旦アセンションしたもののこの地上での経験をもう少し積みたい人あるいは何がしかの理由があるほんの少数だけこの世界に残っていて、霊的な存在としてこの地球を導いたり、あるいは、わざわざまたこの世界に転生して人々を導いたり、単に経験を積むために地上の生活をしていたりします。ですけど、そもそもレムリアでアセンションしたのにわざわざこの世界に残っている人というのがかなりの少数派で、アセンションした大多数は新たなる次元で高次の精神性を伴う生活をしているわけです。
一方、そもそもアセンションできなくて地上に残された人々、というのも大勢いるわけです。
ですから、そもそもレムリア系の人々はこの地上の全人類の中で割と少数派ではあるのですけど、元々少ないレムリア系の中でも割と大部分がアセンションできなかった人たちで、レムリア系でアセンションしたのにわざわざまだ残っていて霊的存在として関わっていたり転生していたりする人たちはレムリア系の中でも割と少数派のように思います。
今後、地球で同じような大規模な大多数のアセンションが起こるような気はしなくて、あるとしても個別になるのではないかな、と思っています。
(2021/1/2 少し追記)
アセンションはあるのかどうか
スピリチュアル業界では2012年のアセンションが騒がれて、結局何も起きずにノストラダムスや2000年問題の時のような喪失感だけが広がったように思います。これらを謡っていた人々は信用を失い、そして、支持者を失っていたように思うのです。
以前にも少し何度か書いてきたかと思いますが、私の現時点でのアセンションへの理解を記載しておきたいと思います。
型として、まず2つあるように思います。
・レムリア型アセンション
・統合型アセンション
それぞれの型について簡単に述べたいと思います。
■レムリア型アセンション
物理世界(とそれに近い粗雑な意識)と高次の世界(微細な意識)の分離。物理的な世界では大災害あるいは文明の破壊あるいは構造的な崩壊が発生し、その一方で、分離した高次の意識がアセンションして別の世界、高次の別の世界(次元)に多くの人々の(高次の)霊体が移行し、生き続ける。それぞれの世界で、それぞれの、分離した意識が(どちらも死ぬことなく)生き続ける。
この場合、3パターンあります。
1)1人の意識(魂)すべてが、物理世界(に近い世界)、崩壊する世界に取り残される場合。悲しくて、惨めで、分離感があり、重々しく、無知な状態。
2)1人の意識(魂)すべてが、高次の別の世界(次元)にアセンションする場合。喜びに満ちあふれ、エネルギーが高まり、意識がクリアで、軽やかで、輝いている状態。
3)1人の意識(魂)が分離し、1人の中にある低次の意識と高次の意識がそれぞれ上記のようになる場合。分離したそれぞれの意識は、元々は同じ1つの意識だった筈でも、それぞれ、全く違う意識状態になります。分離する場合、片方は惨めで悲しくて、それでいて、もう片方は輝いていて喜びに満ちた状態になります。
■統合型アセンション
分離なく高次(の意識)まで認知が広がる。1つの意識としての統合系。場合によっては物理層の下限が上がってふわふわした半物質に近い世界になる可能性もあるが、物理層は変わらない可能性もあり。どちらにせよ、高次(の意識)と物理層の分離はしない。
おそらく、レムリア型のアセンションが元々計画されていた、あるいはその流れにあったように思うのですが、それが現在は(神様の意図により)破棄された状態なのではないかと思うのです。元々は大災害が起こる想定でした。しかし、そのように大災害を起こしたとしても(以前に書きましたように)生き残った人が選民意識になってしまうのです。UFOが助けに来たりして文明復興の手助けもなされますけど、生き残った人の中には「めんどくさい、自尊心が強めのスピリチュアルな人」が多数いて、そのような人が作り直す世界ですから、そこまで良い世界にはならないのです。そのような(未来の)世界のひな形を見た神様は「あぁ、大災害を起こして再スタートするにしても、このような人たちが作る世界になってしまうのでは、意味がないな・・・」と思って大災害型は止めたのでした。おそらく、その時、アセンションできる人はアセンションする筈だったのではないかと思うのです。そして、残された(自尊心が強くてヒステリーで面倒な)人々が社会を再構築するということは、またしても同じような世界が出来上がるということで、それは神様は好まれなかったようなのです。
それに、レムリア型はアセンションできた人は良いのですが、できなかった人の意識状態は悲惨で、「取り残された、悲しい、見捨てられた、希望がない、絶望、無知、暗い、重い、足取りも動きもすべてが愚鈍、生きる意味を見いだせない」という状態あるいはそれに近い意識ばかりが地上に残されてしまうのです。これらの人を見捨てずに、統合型で全ての人(の意識)を助けることができないだろうか、ということが神様の意図のようです。
そのように、現在は、統合型アセンションを目指されているように思うのです。これからの世界では物理的な世界と高次の世界とが統合され、仙術や呪術などがより一般的になるように思います。
それは、レムリア型とはまた違った、この世界でアセンションできる人がそれぞれ時期がきたら人ごとに異なるタイミングで意識が上昇、広がっていく世界になるのではないかと思います。
基本は、意識の分離が起こらない方向に世界は向かっているように思います。そうすることで、惨めな意識が(分離されて)取り残されないように意図しているわけです。
ただ、そうは言いましても、意識の分離が激しい場合は分裂してしまいます。人の魂としては、どうしようもなくなったら意識の分離(そして高次の部分だけがアセンションする)というのが最終手段ではありますが、そうなると、残された方の意識としては、絶望しかありません。そうならないためにも、各自が精神修養するなりして成長していくことが(自らの内面から)求められているわけです。
現在、元気に生きていると思っている人や、たとえスピリチュアルに優れていると自分では思っている人であっても、内面に葛藤や問題があって結果として意識の分離をしてしまうと高次のクリアな意識と惨めな意識とに分かれてしまい、高次の方は良いですけど低次の意識のその後はとても悲惨なことになってしまいます。どちらも自分の意識でありますから、分離型にならないよう、自分の内面の分離を精神修行によって育てていくことをお勧めするわけです。
意識が分離した場合、何か、自分の中で足りない状態になります。それは「レッスン」あるいは「やるべきこと」「あるべきもの」であったりします。どちらにせよ、満たされない状態になるわけです。分離した低次の意識の場合は惨めで苦しい人生で、一方、分離した高次の意識にしてみても本来は低次の意識によって理解が進んだ部分がすっぽりと抜け落ちてしまった状態になりますから、それはそれで、意識としては不十分なものになってしまうわけです。高次の意識だけになれば必ずしも良いというわけでもなく、何か、すべきこと、理解すべきが残っている状態で分離してしまうと、低次の意識について理解が足りない状態になってしまいます。そうなると、また、低次の意識をどこかで学ぶ必要が出てきますが、そもそも、最初から意識を分離させずに学びきれば良かったわけです。高次にもレッスン・学びがありますし、低次にもあります。それらをまんべんなく学ぶことで分離のないアセンション、破壊や大災害のないアセンションへと進めるように思います。
以前にも少し何度か書いてきたかと思いますが、私の現時点でのアセンションへの理解を記載しておきたいと思います。
型として、まず2つあるように思います。
・レムリア型アセンション
・統合型アセンション
それぞれの型について簡単に述べたいと思います。
■レムリア型アセンション
物理世界(とそれに近い粗雑な意識)と高次の世界(微細な意識)の分離。物理的な世界では大災害あるいは文明の破壊あるいは構造的な崩壊が発生し、その一方で、分離した高次の意識がアセンションして別の世界、高次の別の世界(次元)に多くの人々の(高次の)霊体が移行し、生き続ける。それぞれの世界で、それぞれの、分離した意識が(どちらも死ぬことなく)生き続ける。
この場合、3パターンあります。
1)1人の意識(魂)すべてが、物理世界(に近い世界)、崩壊する世界に取り残される場合。悲しくて、惨めで、分離感があり、重々しく、無知な状態。
2)1人の意識(魂)すべてが、高次の別の世界(次元)にアセンションする場合。喜びに満ちあふれ、エネルギーが高まり、意識がクリアで、軽やかで、輝いている状態。
3)1人の意識(魂)が分離し、1人の中にある低次の意識と高次の意識がそれぞれ上記のようになる場合。分離したそれぞれの意識は、元々は同じ1つの意識だった筈でも、それぞれ、全く違う意識状態になります。分離する場合、片方は惨めで悲しくて、それでいて、もう片方は輝いていて喜びに満ちた状態になります。
■統合型アセンション
分離なく高次(の意識)まで認知が広がる。1つの意識としての統合系。場合によっては物理層の下限が上がってふわふわした半物質に近い世界になる可能性もあるが、物理層は変わらない可能性もあり。どちらにせよ、高次(の意識)と物理層の分離はしない。
おそらく、レムリア型のアセンションが元々計画されていた、あるいはその流れにあったように思うのですが、それが現在は(神様の意図により)破棄された状態なのではないかと思うのです。元々は大災害が起こる想定でした。しかし、そのように大災害を起こしたとしても(以前に書きましたように)生き残った人が選民意識になってしまうのです。UFOが助けに来たりして文明復興の手助けもなされますけど、生き残った人の中には「めんどくさい、自尊心が強めのスピリチュアルな人」が多数いて、そのような人が作り直す世界ですから、そこまで良い世界にはならないのです。そのような(未来の)世界のひな形を見た神様は「あぁ、大災害を起こして再スタートするにしても、このような人たちが作る世界になってしまうのでは、意味がないな・・・」と思って大災害型は止めたのでした。おそらく、その時、アセンションできる人はアセンションする筈だったのではないかと思うのです。そして、残された(自尊心が強くてヒステリーで面倒な)人々が社会を再構築するということは、またしても同じような世界が出来上がるということで、それは神様は好まれなかったようなのです。
それに、レムリア型はアセンションできた人は良いのですが、できなかった人の意識状態は悲惨で、「取り残された、悲しい、見捨てられた、希望がない、絶望、無知、暗い、重い、足取りも動きもすべてが愚鈍、生きる意味を見いだせない」という状態あるいはそれに近い意識ばかりが地上に残されてしまうのです。これらの人を見捨てずに、統合型で全ての人(の意識)を助けることができないだろうか、ということが神様の意図のようです。
そのように、現在は、統合型アセンションを目指されているように思うのです。これからの世界では物理的な世界と高次の世界とが統合され、仙術や呪術などがより一般的になるように思います。
それは、レムリア型とはまた違った、この世界でアセンションできる人がそれぞれ時期がきたら人ごとに異なるタイミングで意識が上昇、広がっていく世界になるのではないかと思います。
基本は、意識の分離が起こらない方向に世界は向かっているように思います。そうすることで、惨めな意識が(分離されて)取り残されないように意図しているわけです。
ただ、そうは言いましても、意識の分離が激しい場合は分裂してしまいます。人の魂としては、どうしようもなくなったら意識の分離(そして高次の部分だけがアセンションする)というのが最終手段ではありますが、そうなると、残された方の意識としては、絶望しかありません。そうならないためにも、各自が精神修養するなりして成長していくことが(自らの内面から)求められているわけです。
現在、元気に生きていると思っている人や、たとえスピリチュアルに優れていると自分では思っている人であっても、内面に葛藤や問題があって結果として意識の分離をしてしまうと高次のクリアな意識と惨めな意識とに分かれてしまい、高次の方は良いですけど低次の意識のその後はとても悲惨なことになってしまいます。どちらも自分の意識でありますから、分離型にならないよう、自分の内面の分離を精神修行によって育てていくことをお勧めするわけです。
意識が分離した場合、何か、自分の中で足りない状態になります。それは「レッスン」あるいは「やるべきこと」「あるべきもの」であったりします。どちらにせよ、満たされない状態になるわけです。分離した低次の意識の場合は惨めで苦しい人生で、一方、分離した高次の意識にしてみても本来は低次の意識によって理解が進んだ部分がすっぽりと抜け落ちてしまった状態になりますから、それはそれで、意識としては不十分なものになってしまうわけです。高次の意識だけになれば必ずしも良いというわけでもなく、何か、すべきこと、理解すべきが残っている状態で分離してしまうと、低次の意識について理解が足りない状態になってしまいます。そうなると、また、低次の意識をどこかで学ぶ必要が出てきますが、そもそも、最初から意識を分離させずに学びきれば良かったわけです。高次にもレッスン・学びがありますし、低次にもあります。それらをまんべんなく学ぶことで分離のないアセンション、破壊や大災害のないアセンションへと進めるように思います。