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過去生の記憶から辿るサードアイの変化

2019-12-29
トピックスピリチュアル

最近、アジナ優勢になったり一瞬だけホログラムのように感じるサードアイの経験をしましたけど、過去生の記憶を辿りますとサードアイあるいはフォースアイ(4th eye, 第四の目)とも呼ばれるものは、かなり便利な代物です。どうも、私の場合は内なるガイドの導きにより、サードアイは問題が多いという理由でサードアイをあまり活性化させずにフォースアイを目指している感があります。まあ、それは気のせいで、これがサードアイなのかもしれないですけど。

サードアイは割と霊的なものを見分ける目で、霊を見たりすることができるわけですけど、俗にいうフォースアイは現実そのものから時空を超えて認識できる能力のようです。まあ、私の場合、今生でそれを活性化させるのは必須ではないようですけど。

そのフォースアイは、最初、頭の真ん中あたりで作ります。ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじの目のように... と言っても体はついていなくて目玉だけですけど、アストラルの目を頭の真ん中あたりでまず作ります。そうすると、まずぼんやりと周囲が認識できるようになります。

その後、その目の構造が強固になったら少しづつ頭の上から出したり戻したりします。最初は少し出して、安定しないようであれば戻したりします。

やがては、その目が頭の上に常に常駐できるようになります。この時点で、ほぼ360度の視野ができます。ただし、単眼ですので距離感が掴みにくいのが弱点です。後ろから来るものがどのくらい離れているのかは、最初は肉眼とで見比べて慣れる必要があります。慣れれば、しっかり見れば距離が分かりますがなかなか直感的に距離は分かりません。単眼ですので仕方がないですが、慣れてくればそれなりに実用になります。

頭の上で常駐するのに慣れてきたら、その目を動かしてみます。少し体から離して、自分の体を眺めてみることもできます。ヨガのポーズを周囲から自分で確認できたりするのでここまで行ければかなりこの目は役に立ちます。

その後、更に慣れて来ると時空を越えることができます。

・・・とまあ、そうは言いましても、私はできませんけどね。幽体離脱した時に覗き見たグループソウルの過去生の記憶を辿ったまでのことです。

順番としては、まずクンダリーニを活性化させて、瞑想をして、頭のアジナにまでエネルギーを充満させて、その後、上のように頭の中に目を作ります。

・・・真似してみてできなくても保証はしません(苦笑)


■十牛図と比較したサードアイの変化 (2020/1/8追記)

後日、それぞれに十牛図のステップが対応していることに気が付きましたので少しメモ的に記載してみたいと思います。

第一図 尋牛(じんぎゅう)
第二図 見跡(けんぜき/けんせき)
第三図 見牛(けんぎゅう)
第四図 得牛(とくぎゅう)
第五図 牧牛(ぼくぎゅう)
第六図 騎牛帰家(きぎゅうきか)
第七図 忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん)
第八図 人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)
第九図 返本還源(へんぽんかんげん/へんぽんげんげん)
第十図 入鄽垂手(にってんすいしゅ)

ここで主に参考にしておりますのは「悟りに至る十牛図瞑想法( 小山 一夫 著)」という書籍です。その書籍の記述を元に、自分の記憶と感覚とをそれぞれのステップに当てはめてみたいと思います。

まず第三図「見牛(けんぎゅう)」にてヨーガ・スートラの目的である心理作用の止滅を達成します。これに関しては以前から何度か書きました。更に、最近はヴィパッサナー状態に移行しました。これでおそらくは「見牛」のステップが完成したのだと思います。

次は第四図「得牛(とくぎゅう)」です。上記の書物を読みますと「真我(アートマン)」を安定させるステップと記されています。更には色々と細々な前提条件が必要のように書かれてあります。ヨーガで言うところのスシュムナという背骨に沿った主要なエネルギールートであるナディが浄化されていなくてはならず、その浄化されたスシュムナにエネルギーを通して強化するステップであると個人的には解釈しました。これはおそらく、最近やっているオーラの凝縮のステップが相当するのかなと思います。それを少し続けたところゼリーのような感覚に変わってきておりますので、上記の書物で言うところの「無形の真我を鎮める」というステップに相当するのかな、と思います。これまた同書では細かいステップが書いてありますが師匠がいることが前提の記述ですのでそのまま参考にはできませんが、所々参考になる箇所があります。同書によれば、このステップではまだ完全に真我を安定させることはできず、真我の安定に取り掛かるためのステップのようです。まとめますと「得牛」のステップはスシュムナの浄化を前提としてオーラをスシュムナに取り入れて安定・強化を開始するステップだと解釈できます。

次は第五図「牧牛(ぼくぎゅう)」ですが、上記の書物の説明を読みますと第四図の「得牛」と一続きのように思われます。同書で「真我(アートマン)の離脱」と呼ばれているステップの準備として位置付けられているようです。この「牧牛」は前の第四図「得牛」で開始した「真我の安定」を完成させるステップのようです。

であれば、私はきっと今はこのステップにいるのでしょうね。このあたりは、先日書いた過去生の記憶から辿るサードアイの変化と比較しますと、頭の中に核となるものを瞑想で作り上げるステップに相当するのかな、と思います。

次の第六図「騎牛帰家(きぎゅうきか)」は、同書によれば、前の第五図「牧牛」で完全に安定した真我(アートマン)を、同書で言うところの「離脱」を行って神我(ブラフマン)と一体化させるようです。これは私はまだ未経験ですが、過去生の記憶から辿りますと、頭の中で形となって作られたサードアイ(あるいはフォースアイと呼んだ方が適切か)を頭の上から出して多次元的な視野を得るステップに相当すると思われます。

次の第七図「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん)」ですが、これは過去生の記憶を辿りましてもどのような感じかあまり思い出せませんが、おそらくは多次元的な視点を持った時の状態だったかと思います。その多次元的な視点においては個というものが消滅してトータルな視点が得られるのだと思われます。

次の第八図「人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう)」もその先の境地を示していると思われますが、私はまだまだこれからですので、現時点でここから先を知っても仕方がない気も致します。

私の過去生の記憶が本当にこれらと対応しているかどうかは分かりませんが、メモ的に記載してみました。



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