一つの説明では収まらない
ワヤナタを世界観として見ようとすると、すぐに一つの言葉では足りなくなります。
夢の記録があります。
旅の記録があります。
瞑想の記録があります。
現実の生活があります。
その奥に、天使の世界のようなものが見えてくることがあります。
別の時空層のような話が出てくることもあります。
未来や救済に関わるような、大きなテーマが顔を出すこともあります。
こう並べると、少し広すぎるように見えるかもしれません。
でも、最初から全部を理解する必要はありません。
むしろ、ワヤナタの入口では、まずこう受け取るくらいでいいのだと思います。
記録の奥に、いくつかの世界がある。
現実の記録が土台にある
大きな世界観の話をすると、すぐに現実から離れてしまいそうになります。
けれども、ワヤナタの土台には現実の記録があります。
旅をした場所。
歩いた道。
瞑想を続けた日々。
身体の感覚。
その時々に書かれた文章。
まず、そういうものがあります。
世界観は、空中に突然浮かんでいるわけではありません。
現実の記録を読み返していくうちに、奥の方に別の層が見えてくる。
その順番が大切です。
奥に部屋がある
ワヤナタの世界観は、一つの大きな部屋だけではないように見えます。
入口には、現実の記録があります。
夢の部屋があります。
旅の部屋があります。
瞑想の部屋があります。
さらに奥には、天使の世界のような部屋があります。
共栄圏と呼ばれる、別の時間の流れを持つような部屋もあります。
未来や分岐に関わる部屋もあります。
ただし、入口でいきなり全部の扉を開ける必要はありません。
最初は、奥に部屋があると知るだけで十分です。
あの扉の向こうには、まだ何かありそうだ。
そのくらいの気配があれば、入門としては足ります。
設定集ではなく、地図です
世界観というと、設定集のように全部を説明したくなります。
この世界はこうです。
この人物はこうです。
この歴史はこう進みます。
けれども、ワヤナタでは、最初からそこまで固定しません。
まだ発掘中のものがあります。
仮置きのものがあります。
時間を置いて見直す必要があるものもあります。
だから、今あるものは完成した設定集というより、地図に近い。
どこに山がありそうか。
どこに川が流れていそうか。
どこがまだ白地図のままなのか。
そういうものを少しずつ描いている段階です。
世界観の入口として
ワヤナタ入門は、考え方を覚えるためのものではありません。
この見方を受け入れてください、という入口でもありません。
むしろ、世界観の地図を少しだけ開くためのものです。
ここには現実の記録がある。
ここには夢の記録がある。
ここには旅がある。
ここには瞑想がある。
そして、その奥に、まだ名前を覚えきれないいくつかの世界がある。
最初はそれでいいのだと思います。
細かい説明は、あとから少しずつ追えばいい。
まずは、記録の奥に世界があるということ。
ワヤナタは、その地図を少しずつ開いていく試みです。