今までは、それが悪いことかのように喧伝されてきました。
しかし、実際には、この地球に残る人たちこそが、この地球における主役なのです。それは将来に主役になると言うこともそうですが、既に今もこのグループが地球における主役なのです。
欲望が悪いと判断する価値観はこれまで述べてきました2番目のグループであるライトワーカーの価値観です。そして、何度も説明しました通り、ライトワーカー自身もその分離の価値観が統合に至り、見方を改めます。欲望が「悪」ではなく意識の一面であることを悟り、そして、争いが止みます。その時、欲望に対する非難も止みます。
スピリチュアルでは輪廻転生があたかも悪いことかのように言われることもありますが、先に説明しました通り、獣が人間性を得て神性を身につける上でそのサイクルはどうしても通ることになるかと思います。その力強い輪廻のサイクルは肯定的に捉えるべきなのです。
欲望は概ね第2チャクラのスワディスタナの感情によって生じ、欠乏感によってそれは激しい感情に転じることがあります。仏教で語られているように欲望から執着が生まれ、欠乏感や苦しみを生み出します。そして転生のサイクルが延々と続くのが輪廻の世界です。とは言いましても、その感情はそこまで否定的なものでもないのです。苦しいというのは、人間性を得てきたということです。獣は人間のような自己認識を伴う葛藤としての感情を抱きません。獣は純粋な生命の働きがより強い状態にあります。そこから人間的になって感情を得たことにより、最初は悩むことでしょう。ですが、それは健全な悩みなのです。
そうして悩みつつも欲望が生じ、悲しみと苦しみの連鎖(サムサーラ)の中で人間性を学びます。それは、欲望や渇望によって次の転生を衝動的に選ぶ連鎖が生まれる構造です。その連鎖の中で、人は成長していきます。そのサイクルは、衝動的に転生を選ばなくなるほど精神性が成熟するまで続くのです。欲望から卒業すると、それは仏教で言う解脱、あるいはヴェーダンタでいうモクシャ(自由)です。そうなるまで地球で輪廻が続くのです。
そうして地球に残ることは、決して悪いことではありません。地球に生きる人たちには自由があるのです。地球の未来を自分たちの選択によって作り出せる自由です。その力強さは決して否定できるものではありません。もっとポジティブに捉えて良いのです。欲望すらも未来への原動力になります。その活力により、未来を切り開いていくのです。
そして、より良い未来を自ら作り出した結果、輪廻が終わるのです。
辛いことも、その原動力があってこそ乗り越えていけるのです。すべきことを成し遂げるまで、その輪廻は続くでしょう。それが役目であるとしたら、それを(良い)欲望と呼ぶか、あるいは、使命と呼ぶか。そこに大差はないかもしれないのです。
荒々しさから始まり、そして、やがて気高さを身につけるでしょう。それが、未来の地球人たちの素養になるかもしれません。それは否定的なことではなく、未来の地球の人々の姿なのです。朝日の太陽に向かって歩くような神々しさと力強さが、そこにはあります。
このサイクルは、とても長く続くでしょう。そして、人生は幾度となく繰り返されます。
それは、獣から始まって神になるストーリーです。その神とは半神半獣のことではなく、文字通り、神のみになるのです。変容のストーリーです。その変容はとても興味深いものであり、地球に残る人はそれを自ら体験するのです。
それは、一見するとアセンションとは無縁であるかのように見えるかもしれません。しかし、この変容こそがアセンションであるとも言えるのです。一時的に起こることではなく、長期をかけて変容する、そのストーリーこそが本当の意味における(広義の)アセンションであるとも言えます。
それ以外のグループ(天使、ライトワーカー)はその長い過程の異なる部分を経験しているとも言えるのです。地球に残るグループは、これから長い時間をかけて変容します。そしてその後に、(狭義の)アセンションを経験するとも言えるのです。
ライトワーカーがいうような「悪(欲望、闇)」を光が滅ぼすというストーリーではなく、獣が神に変容していくストーリーを体験することになるのです。それは、アセンションでもあるのです。
地球に残る人たちは、自身の足で力強く生きていくのです。
地球の人こそがこの地球における主役なのです。