198.だから「スピリチュアル」という一語では説明できない
ここまで追うと、現代の「何もしない系」を、「スピリチュアルだから」と説明するのはほとんど意味がない。その中には、宗教、自己啓発、心理、環境思想、社会運動、ジェンダー論、反労働思想、消費文化、マーケティング、SNS文化、共同体、自然回帰などが重なっている。むしろ、現代文化の交差点と考えたほうがよい。
199.一枚の地図にするとこうなる
全体を極端に圧縮すると、次のような地図になる。
第一の川――願望実現
ニューソート → 潜在意識 → 成功哲学 → Law of Attraction → 引き寄せ → 「受け取る」
第二の川――宗教・東洋思想
「老荘」+「仏教」+「ヨーガ」+「ヴェーダーンタ」 → 欧米ニューエイジによる再解釈 → ノンデュアリティ → 「手放す」「何もする必要はない」
第三の川――カウンターカルチャー
ヒッピー → コミューン → Back-to-the-land → 自然回帰 → 自然農・パーマカルチャー → エコロジー・ヘンプ・エコビレッジ → 「自然に任せる」「賃金労働中心から降りる」
第四の川――自己肯定
心理・自己啓発 → ありのまま → 頑張らない → 成果と自己価値を分離 → 「存在しているだけで価値がある」
第五の川――女性性
女性性 → 受容 → 男性=与える/女性=受け取る → 引き寄せとの結合 → 子宮系 → 「頑張らずに豊かさを受け取る」
第六の川――現代市場
「SNS」+「オンラインサロン」+「セミナー」+「コーチング」+「インフルエンサー文化」 → 複雑な思想を短文化 → 成功体験を可視化 → 「何もしなくても豊かになれる」を商品化
これら六つの川が合流したところに、現代の「何もしなくても与えられる」スピリチュアルがある。
200.そして重要なのは「どこから来たか」だけではない
最初の問いは、「この思想は日本発なのか、海外発なのか」だった。しかし調べていくと、問いそのものを少し変えたほうがよいことが分かる。
この思想は、一人の思想家、一つの国、一つの宗教から生まれたものではない。
アメリカからは、ニューソート、成功哲学、ニューエイジ、引き寄せ、カウンターカルチャーが来た。インドからは、ヨーガ、ヴェーダーンタ、非二元思想が来た。中国からは、老荘的無為という古い思想がある。
日本からは、禅、自然農、独自の精神世界文化、「頑張らない」自己啓発、女性性・子宮系などが影響する。そして思想は国境を何度も往復する。だから、「発祥地」を探すより、「合流地点」を探すほうが、この思想を正確に理解できる。
201.日本は重要な「合流地点」だった可能性がある
その意味では、日本はかなり興味深い場所である。欧米ニューエイジを受け入れながら、もともと存在した仏教、禅、老荘への親和性、自然観、精神世界文化に、高度成長期以降の勤勉倫理、バブル崩壊後の経済停滞、自己啓発文化、「癒やし」ブーム、女性向け自己啓発などが重なった。そこに2000年代の「引き寄せ」が入る。すると、「努力によって成功する」より、「努力をやめることで成功する」という日本型の変形が起こりやすかった可能性がある。
202.そして日本から再び外へ出る可能性もある
文化は一方向には流れない。日本で変形された思想が、SNS、翻訳、海外在住者、YouTube、Instagram、TikTokなどを通じて海外へ流れることもある。一方、英語圏では、soft life、feminine energy、effortless manifestationなど、似た思想が独自に発達している。現代では、どちらが先かを単純に決めること自体が難しくなっている。
思想はネット上で高速に混ざる。
203.だから現代スピリチュアルは「雑種」である
これは悪口ではない。文化というものは基本的に雑種である。現代スピリチュアルも、次の要素が混ざった巨大なハイブリッド文化として理解できる。
- 宗教。
- 哲学。
- 心理学。
- 自己啓発。
- 環境思想。
- 社会運動。
- マーケティング。
- SNS文化。
そしてハイブリッドだからこそ、一つの教義体系を探しても見つからない。
204.発信者自身も系譜を知らない可能性がある
さらに面白いのは、現在、「宇宙に任せればいい」「何もしなくても大丈夫」と話している発信者本人が、ニューソート、福岡正信、Neo-Advaita、1960年代カウンターカルチャーなどを体系的に知っているとは限らないことである。誰かの本、ブログ、YouTube、セミナー、友人、SNS投稿から断片的に思想を受け取り、それを自分の経験と組み合わせて発信する。したがって、思想は、著者から著者へではなく、文化圏全体の中で拡散していると考えたほうがよい。
205.だから「誰が最初に言ったか」は最後まで特定しにくい
「何もしなくても与えられる」という文章そのものを最初に言った人物を探すことはできるかもしれない。しかし、現在その言葉が持っている意味を一人の人物に帰属させるのは難しい。なぜなら、「何もしない」「受け取る」「宇宙」「自然」「ありのまま」「豊かさ」という概念が、別々の場所から少しずつ集まっているからである。これは発明というより、文化的な堆積なのである。
206.一番古い層と、一番新しい層
地層のように考えると分かりやすい。最も古い層には、老荘、宗教的な神への信頼、インドの非二元思想がある。その上に、ニューソート、潜在意識、成功哲学が乗る。さらに、カウンターカルチャー、ニューエイジ、自然回帰が乗り、その上に引き寄せ、自己肯定、女性性が乗る。最後に、SNS、高額セミナー、オンラインサロン、インフルエンサー文化が乗る。現在見えているものは、その地層全部が圧縮された表面なのである。
207.表面だけを見ると奇妙だが、歴史を見ると理解できる
表面だけを見れば、「何もしなくても宇宙がお金をくれる」という思想は、かなり唐突に見える。しかし、100年以上の思想変化を追うと、なぜそこへ到達したのかは理解できる。
- 意識には力がある。
- → 宇宙と意識はつながっている。
- → 望む現実を引き寄せる。
- → 抵抗すると引き寄せを邪魔する。
- → だから抵抗をやめる。
- → 頑張ることも抵抗である。
- → だから頑張らない。
- → 自分には存在しているだけで価値がある。
- → 価値があるのだから受け取ってよい。
- → 自然は人間が何もしなくても動いている。
- → 人生も同じように流れに任せればよい。
→ 自分で何とかしようとすること自体が、宇宙への不信である。→ 何もしなくても必要なものは与えられる。
一段ずつ見ると、それぞれに何らかの思想的背景がある。しかし最初と最後を直接比較すると、ほとんど別の思想になっている。