111.思想からマーケティングへ
ここまで来ると、「何もしなくても与えられる」という言説を理解するには、思想史だけでは足りない。
- マーケティング論も必要になる。
- 人は何を欲しがっているのか。
- どんな言葉なら希望を感じるのか。
- どんな成功例なら信じるのか。
- どんな不安を提示すれば商品を買うのか。
- どんな失敗説明なら顧客が離れないのか。
現代スピリチュアルの一部は、思想であると同時に市場でもある。
この二つを切り離すことは難しい。
112.講師本人が本気で信じている場合もある
ただし、「全部計算された詐欺なのだ」と考えるのも単純すぎる。講師自身が本気で信じている場合もあるだろう。偶然うまくいった経験を引き寄せだと解釈し、その体験を人に話す。共感する人が集まり、セミナーを始める。参加者の中から成功例が出ると、その成功例だけが共有され、本人の確信がさらに強くなる。このような循環は十分起こり得る。
つまり、信念とビジネスが同時に成長することもある。
113.悪意がなくても危ういシステムは成立する
これは重要な点である。危うい仕組みが成立するために、必ずしも悪意のある首謀者は必要ない。
- 講師も信じている。
- 参加者も信じている。
- 成功した参加者は感謝する。
失敗した参加者は、「自分のブロックが強かった」と考える。誰も意図的に嘘をついていなくても、理論を反証する情報だけがシステムから消えていくことがある。その結果、集団全体として非常に強い確信が形成される。
114.コミュニティが現実認識を強化する
さらにコミュニティの存在も大きい。同じ思想を信じる人々が集まれば、成功体験を共有する。
- シンクロニシティを共有する。
- 講師への感謝を共有する。
- 「宇宙からのサイン」を共有する。
すると、一人なら偶然だと思った出来事も、集団の中では、「やっぱり引き寄せはある」という証拠になる。逆に疑問を持つ人は、「波動が違う」「ネガティブ」「まだエゴが強い」などと扱われる可能性がある。こうして世界観が安定する。
この章で生じうる解釈の乖離
論理的に確認できること 感情が先行した解釈 コミュニティ内部の同意が多いことは、教えが事実として正しい証拠にはならない 仲間の同意が多いほど、教えが事実として正しいと考える
115.思想がアイデンティティになる
さらに長く参加すると、単なる方法論ではなく、自分のアイデンティティになる。「私は宇宙を信頼して生きる人」「私は頑張らない生き方を選んだ人」「私は普通の社会の価値観から目覚めた人」という自己像ができる。すると思想を疑うことは、単に一つの理論を疑うことではなく、自分自身の人生選択を否定することになってしまう。
そのため、抜けることが心理的に難しくなる場合がある。
116.高額を払うほど信念が強くなることもある
- ここには認知的不協和も関係する。
- 数十万円。
- 場合によってはそれ以上。
- 高額な講座にお金を払った。
もし、「何の意味もなかった」と認めれば、自分の判断が間違っていたことになる。
それは苦しい。そこで、「まだ結果が出ていないだけ」「大きな変化の途中」「目に見えないところで宇宙が動いている」と考えたほうが心理的に楽になることがある。結果として、大きな投資をした人ほど思想から離れにくくなるという逆説も起こり得る。
この章で生じうる解釈の乖離
論理的に確認できること 感情が先行した解釈 支払った金額の高さは、教えの価値や効果を証明しない 高額を支払った事実自体が、教えの価値や効果を示すと考える
117.しかし、そこで得たものがゼロとも限らない
ここも公平に見ておく必要がある。セミナーに参加して、
- 友人ができた。
- 自分の悩みを話せた。
- 仕事を辞める勇気が出た。
- 夫婦関係について考え直した。
- 自分の価値観に気づいた。
- 旅行に行った。
- 新しい仕事を始めた。
という変化が起こることはある。
それは本人にとって本物の価値かもしれない。ただし、その価値が、「宇宙の法則が実在する証明」になるわけではない。コミュニティや心理的介入による効果と、超自然的な因果関係の主張は分けて考える必要がある。
118.「効いた」と「理論が正しい」は違う
これはスピリチュアルに限らない重要な区別である。ある方法を試して、人生が良くなった。だからといって、その方法を説明している理論まで正しいとは限らない。たとえば、「宇宙に願いを投げたら転職できた」という人がいる。実際には、願いを言語化したことで目標が明確になった。
- 注意が求人情報に向くようになった。
- 人に希望を話すようになった。
- 紹介が増えた。
- 面接で積極的になった。
という心理・行動上の変化が原因かもしれない。
結果は本物でも、説明は別の可能性がある。
この章で生じうる解釈の乖離
論理的に確認できること 感情が先行した解釈 個人に心理的効果があったことは、提唱された外的因果法則を証明しない 自分に効果があったため、説明されている宇宙法則も正しいと考える
119.引き寄せには心理学的に説明できる部分もある
その意味では、引き寄せのすべてを無意味と考える必要もない。
- 目標を明確にする。
- 望む状態をイメージする。
- 肯定的な情報に注意を向ける。
- 人に希望を話す。
- 機会を見つけやすくなる。
- 失敗しても再挑戦する。
こうした変化によって、結果が変わることは十分あり得る。しかしこれは、思考が超自然的に外部世界を操作したことを意味しない。心理的な変化が、行動を介して現実に影響した可能性がある。ここを区別すれば、引き寄せの中にある実用的部分と、魔法的部分を分離できる。
120.「思考が先」なら、すでに行為は始まっている
ここで、そもそもの重要な疑問に戻る。「思考が現実を作る」というのであれば、すでにその時点で人間は何かをしている。
- 考える。
- 注意を向ける。
- 判断する。
- イメージする。
- 選択する。
そして思考が変われば、行動も変わる。
- 同じ出来事でも見え方が変わる。
- 他人への接し方も変わる。
- 結果として、現実も動く。
この意味では、古典的なニューソートや願望実現思想は、現在の「何もしなくてもよい」とはかなり違う。むしろ、精神活動を現実変革の出発点として重視する思想だったのである。