ギーター第2章第2節――この迷妄はどこから来たのか


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悲しみが本物でも、そこから出した結論まで正しいとは限らない

クリシュナの最初の言葉は、やさしい慰めではありません。「この危急の時に、この迷妄はどこからあなたを襲ったのか」と、アルジュナの状態を正面から問い直します。そして、その迷妄は高貴な魂にふさわしくなく、天界にも名声にも導かないと告げます。

ここで否定されているのは、親しい人々を思う同情そのものではありません。その感情に覆われ、いま何をなすべきか判断できなくなっている状態です。悲しみが本物であっても、悲しみから導いた結論まで正しいとは限らない。クリシュナは、まずアルジュナの迷妄を見えるものにします。


ギータプレス版からの日本語訳――第2章第2節「この迷妄はどこから来たのか」

サンスクリット原文

श्रीभगवानुवाच
कुतस्त्वा कश्मलमिदं विषमे समुपस्थितम् ।
अनार्यजुष्टमस्वर्ग्यमकीर्तिकरमर्जुन ॥ २ ॥

ローマ字転写

śrībhagavān uvāca
kutas tvā kaśmalam idaṃ viṣame samupasthitam |
anāryajuṣṭam asvargyam akīrtikaram arjuna || 2 ||

シュリー・バガヴァーンは言われた。 「アルジュナよ、この危急の時に、この迷妄はどこからあなたを襲ったのか。 それは高貴な魂たちが避けるものであり、あなたを天界へ導くことも、名声をもたらすこともない。」(2)

この節で、Kaśmalam、すなわち「迷妄」という語に、Idam、「この」という形容が添えられている。 これは、迷妄によって生じたアルジュナの心の重さと沈み込みを示している。

ここで主はアルジュナを叱責している。 そして、驚きをもって問いかける。 戦場という危険で困難な状況、しかも戦いがまさに始まろうとしている時に、落胆や臆病はまったく場違いである。 偉大なマハーラティたちを容易に打ち負かす力を持つ英雄であり戦士であるアルジュナが、彼にまったく期待されていない卑しい弱気に襲われるとは、どうしたことなのか。 それはどこから来たのか。

主は、アルジュナのこの落胆と弱気を、高貴な魂にふさわしくないもの、天界へ導かず、名声ももたらさないものと呼ぶ。 それによって、主はご自身の驚きの理由を示している。

ここで意図されているのは、今アルジュナを圧倒している感情は、高貴な人格を持つ人々が抱くものではなく、アルジュナを天へ高めるものでも、名声に役立つものでもない、ということである。

人生の四つの目的のうち、それはどれ一つも成就させない。 モークシャ、すなわち解脱にも至らない。 ダルマ、すなわち徳にも至らない。 アルタ、すなわち富にも至らない。 カーマ、すなわち享楽にも至らない。

したがって、強い知性を備えているアルジュナが、強力な敵との武器の衝突が目前に迫ったこの重大な時に、どうしてそのような意気消沈に支配され得るのか、ということである。

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