戦争の影響が、祖先と子孫のつながりにまで及ぶ
第42節も、伝統的な祖霊供養の世界観を前提とする箇所です。家や一族の秩序が崩れると、祖霊へ米飯や水を捧げるシュラッダやタルパナなどの儀礼が途絶え、その供養を失った祖霊も堕ちると考えられています。
これを現代の価値判断として断定するのではなく、祖先と子孫が儀礼によって結ばれているという原典の世界観として読む必要があります。アルジュナが恐れる戦争の影響は、現在生きている人々だけに限られません。家の伝統が断たれ、子孫が儀礼を知らなくなることで、過去の祖先とのつながりまで失われると見ているのです。
ギータプレス版からの日本語訳――第1章第42節「祖先への供養が失われる」
saṅkaro narakāyaiva kulaghnānāṁ kulasya ca |
patanti pitaro hyeṣāṁ luptapiṇḍodakakriyāḥ || 42 ||
語句
saṅkaraḥ は「血統の混交」。
narakāya は「地獄、破滅へ向かわせる」。
kulaghnānām は「一族を滅ぼす者たち」。
kulasya ca は「一族そのものも」。
patanti pitaraḥ は「祖霊たちも堕ちる」。
lupta-piṇḍodaka-kriyāḥ は、
米飯と水の供養、
すなわちシュラッダとタルパナを失った状態です。
訳
「混血によって生まれた子孫は、 一族を滅ぼした者たちだけでなく、 その一族そのものをも破滅へ向かわせます。
米飯と水の供養、 シュラッダやタルパナを失うため、 その一族の祖霊たちもまた堕ちるのです。」
注釈訳
シュラッダの儀式の際に祖霊へ米飯の団子を捧げること、
また祖霊を満足させるためにブラーフマナたちを供養することなどは、
まとめて Piṇḍakriyā と呼ばれる。
またタルパナの儀式で祖霊へ水を捧げることは、
Udakakriyā と呼ばれる。
この二つを合わせて、
Piṇḍodakakriyā という。
一般には、 シュラッダとタルパナを行うこととして知られている。
聖典の命令と伝統的な習慣を知り、 それに信仰を持つ人々は、 これらの儀式を敬意をもって行う。
しかし一族を滅ぼす者たちの家では、 徳が失われる。
血の混交の結果として生まれる子孫は、 不徳の産物であり、 不徳の支配下にあるため、 そもそもこれらの儀式について何も知らない。
たとえ誰かに教えられても、 信仰がないためにそれを行わない。
また、 もし偶然それを行ったとしても、 聖典の規則によって資格を欠いているため、 その供物は祖霊にまったく届かない。
こうして子孫から米飯と水の供養を受けられなくなった一族の祖霊たちは、 祖霊の世界から堕ちるのである。