不正を行う者だけでなく、それを支える者を見る
アルジュナが見ようとしているのは、ドゥルヨーダナ本人だけではありません。十三年の追放後に王国を返すという約束を破り、不正に王国を奪おうとする彼を、事情を知りながら支援する王や戦士たちです。
不正への加担は、本人のためを思う行為に見えても、結果としてその人をさらに悪い方向へ進ませることがあります。アルジュナはこの時点で、悪しき企てを支える者たちへ厳しい視線を向けています。彼の心にはまだ、正しくない側につくことの代償を思い知らせようとする、戦士としての強さがあります。
ギータプレス版からの日本語訳――第1章第23節「ドゥルヨーダナの味方を見る」
yotsyamānānavekṣe'haṁ ya ete'tra samāgatāḥ |
dhārtarāṣṭrasya durbuddheryuddhe priyacikīrṣavaḥ || 23 ||
語句
yotsyamānān は「戦おうとしている者たち」。
avekṣe は「私は彼らをよく見る」「私は彼らを眺める」。
aham は「私」。
ya ete は「これらの誰であれ」。
atra は「ここに」「こちら側に」。
samāgatāḥ は「集まってきた者たち」。
dhārtarāṣṭrasya は「ドリタラーシュトラの息子の」。
ここではドゥルヨーダナを指します。
durbuddheḥ は「悪しき考えを持つ」「邪悪な心を持つ」。
yuddhe は「この戦いにおいて」。
priyacikīrṣavaḥ は「彼を喜ばせようとする者たち」「彼のためになろうとする者たち」です。
訳
「この戦いにおいて、 悪しき心を持つドゥルヨーダナを喜ばせようとして、 彼の側に集まり、 戦う用意をしている者たちを、 私は見ておきたい。」
注釈訳
十三年間の追放期間が終わったなら、 パーンダヴァたちに王国を返すことが、 はっきり取り決められていた。
その十三年間、 王国はカウラヴァたちの管理下にあったが、 それはあくまで信託として預かっていたにすぎなかった。
ところがドゥルヨーダナは、 王国を不正に自分のものにしようという悪意から、 相互に合意していた約束を完全に反故にした。
ドゥルヨーダナはその生涯の初めからこの時まで、 パーンダヴァたちに対して多くの迫害を行ってきた。
しかしこの最後の不正行為は、 まったく耐えがたいものとなった。
アルジュナがこの節でドゥルヨーダナを「悪しき心を持つ者」と呼ぶのは、 ドゥルヨーダナのこの悪意を思い出してのことである。
アルジュナがドゥルヨーダナの支援者たちを見たいと望んだことには、 次のような思いが示されている。
悪しき心を持つドゥルヨーダナが行ってきた不正と残酷さは、 世界中によく知られていた。
それにもかかわらず、 それらの王たちは彼の側に立ち、 彼の主張を支え、 戦いで彼を助けるために集まっていた。
それは彼らの心と知性が、 ドゥルヨーダナのものと同じように汚れてしまっていることを示していた。
だからこそ彼らは、 彼の不正を公然と支援し、 自分たちの威勢と力を見せることによって、 彼を励ますために集まってきたのである。
しかし彼らはドゥルヨーダナの利益を進めようとしているようで、 実際には彼に害を与えていた。
そのためアルジュナは、 自分たちを偉大な英雄だと思い、 戦争に参加することを熱望して戦場に立っている者たちが誰なのかを、 自分の目で見たいと思った。
この願いを語ったとき、 アルジュナの心には挑戦の精神があった。
彼は、 誤りと不正の側につくことは割に合わないのだと、 彼らに思い知らせたいと考えていたのである。