1.最初に区別しておきたい「何もしない」
「何もしない」という言葉には、実はまったく異なる意味が含まれている。たとえば、
- 余計なことをしない
- 無理にコントロールしない
- 努力至上主義から降りる
- 賃金労働を人生の中心にしない
- 自然の働きに任せる
- 結果への執着を手放す
- 精神的覚醒を獲得しようとしない
- 本当に物理的に何もしない
これらは全部違う。ところが現代スピリチュアルでは、この違いが曖昧になりやすい。そのため、「余計な努力をしない」という思想が、いつの間にか、「行動しなくてもよい」となり、さらに、「働かなくてもよい」となり、「それでも豊かさは与えられる」というところまで進むことがある。この変化を理解するには、源流をいくつかに分けて考える必要がある。
2.ニューソートは「何もしない思想」ではない
現代の引き寄せ思想を遡ると、19世紀後半のアメリカで発展したニューソート(New Thought)にたどり着く。ニューソートでは、「人間の思考や信念は人生に影響を与える」「欠乏ではなく豊かさを意識する」「心の状態を変えることで人生を変える」といった考えが発達した。20世紀初頭には William Walker Atkinson が Thought Vibration or the Law of Attraction in the Thought World(1906年)を出版し、「Law of Attraction」という言葉も使われている。
しかし、ここで重要なのは、ニューソートは基本的に能動的な思想だということである。構造としては、
思考を変える → 信念を変える → 自分を変える → 行動や人生が変わる → 現実が変わる
である。「何もしない」とはかなり違う。むしろ、自分の精神を使って人生を積極的に変えるという自己改善思想に近い。
3.潜在意識による願望実現は日本にも早くから入っていた
日本で「引き寄せの法則」という言葉が一般化するのは2000年代だが、それ以前から似た思想は存在していた。代表的なのがジョセフ・マーフィーである。The Power of Your Subconscious Mind は日本でも1960年代から紹介され、「潜在意識を使って願望を実現する」という思想が広く知られるようになった。この段階ですでに、「内面が外側の現実に影響する」という現在の引き寄せに近い構造は存在している。
したがって、日本の「引き寄せ」が2006年の『ザ・シークレット』によって突然ゼロから始まったわけではない。その何十年も前から土壌は作られていた。
4.1980年代、日本の「精神世界」とニューエイジ
1980年代になると、日本でも「精神世界」と呼ばれる文化が大きくなる。シャーリー・マクレーン、チャネリング、バシャール、瞑想、東洋思想、転生、宇宙意識など、さまざまな思想が同じ文化圏で語られるようになる。ここでニューソート的な「思考」とは少し違うものが入ってくる。それが、宇宙との調和である。「自分が努力して現実を作る」というより、「宇宙の流れに乗る」「シンクロニシティに従う」「直感を信頼する」「執着を手放す」といった言葉が重要になってくる。
この変化は、後の「何もしなくても与えられる」にとってかなり重要である。
5.バシャールは意外にも「行動せよ」と言っている
ここで誤解されやすいのがバシャールである。バシャールの有名な考え方には、「最もワクワクすることを選ぶ」というものがある。しかしこれは、「ワクワクして待っていれば宇宙が全部やってくれる」という意味ではない。むしろ、Follow your excitement and act on it.
つまり、「ワクワクする方向へ実際に行動する」ことが重要になる。したがって、バシャールも本来は完全な無行為思想ではない。
内的感覚 → 選択 → 行動 → 結果には執着しない
という構造を持っている。
6.引き寄せの法則が日本で大衆化する
2000年代になると「Law of Attraction」が「引き寄せの法則」として日本で広く知られるようになる。大きな契機となったのが、2006年のロンダ・バーン『The Secret』である。さらにエスター&ジェリー・ヒックスなどの著作も翻訳され、「引き寄せ」という言葉が定着していく。ここでは、
Ask → Believe → Receive
「求める」「信じる」「受け取る」という構造が強調される。ここで注目したいのが最後の Receive=受け取る である。ニューソートでは「自分の思考によって現実を変える」という能動性が強かった。しかし引き寄せが大衆化していく過程で、「受け取る」「許可する」「抵抗しない」「宇宙に任せる」という方向が強くなる。
この章で生じうる解釈の乖離
論理的に確認できること 感情が先行した解釈 Ask・Believe・Receiveが手順として語られていることは、願うだけで受け取れる因果を証明しない 願えば受け取れると考える
7.「努力する」ことが逆に問題になる
ここで奇妙な逆転が起きる。普通なら、
努力する → 結果が出る
と考える。ところが一部の引き寄せ思想では、
努力する → 「まだ持っていない」と意識している → 欠乏を宇宙に発信している → 欠乏を引き寄せる
と解釈できてしまう。すると、頑張らないほうがよいという結論が出てくる。さらに、「結果を求めることも執着」「自分で何とかしようとすることも抵抗」となれば、
頑張らない → 執着しない → 手放す → 宇宙に任せる → 受け取る
となる。ここまで来ると、最初のニューソートとはかなり違う思想になっている。
この章で生じうる解釈の乖離
論理的に確認できること 感情が先行した解釈 努力や不安が結果不達の原因だとは、一般には断定できない 努力をやめれば、望む結果も自然に得られると考える