ギーター第1章第1節――ドリタラーシュトラの問い


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ここから、 ギーター本文の最初のシュローカに入ります。

以下は、 ギータプレス版バガヴァッド・ギーター第1章第1節と、 その注釈部分の翻訳メモです。

第1章第1節

サンスクリット原文

धृतराष्ट्र उवाच ।
धर्मक्षेत्रे कुरुक्षेत्रे समवेता युयुत्सवः ।
मामकाः पाण्डवाश्चैव किमकुर्वत सञ्जय ॥ १ ॥

ローマ字転写

dhṛtarāṣṭra uvāca
dharmakṣetre kurukṣetre samavetā yuyutsavaḥ |
māmakāḥ pāṇḍavāścaiva kimakurvata sañjaya || 1 ||

語句

dhṛtarāṣṭraḥ ドリタラーシュトラ。ハスティナープラの盲目の王。

uvāca 言った。

dharmakṣetre kurukṣetre 聖なる土地クルクシェートラにおいて。

samavetāḥ 集まった。

yuyutsavaḥ 戦おうとしている。

māmakāḥ 私の息子たち。

pāṇḍavāḥ パーンドゥの息子たち。

ca そして。

eva まさに、実に。

kim 何を。

akurvata したのか。

sañjaya サンジャヤよ。

ドリタラーシュトラは言った。

サンジャヤよ。 聖なる土地クルクシェートラに、 戦おうとして集まった私の息子たちとパーンドゥの息子たちは、 何をしたのか。

注釈訳

マハーバーラタのヴァナ・パルヴァ第83章と、 シャリヤ・パルヴァ第53章には、 クルクシェートラが聖地であることについての詳しい説明が含まれている。

そこでは、 クルクシェートラは、 北をサラスヴァティー川に、 南をドリシャドヴァティー川に囲まれた土地として述べられている。

その地域の長さと幅は、 それぞれ五ヨージャナであったと言われる。

これは、 一辺がおよそ四十マイルに相当する。

現在の地理上の位置で言えば、 この場所はハリヤーナー州のアンバーラーの南、 デリーの北にあたる。

現在でも、 その場所にはクルクシェートラという名の小さな町がある。

この地域は、 サマンタパンチャカという別名でも呼ばれている。

シャタパタ・ブラーフマナその他の聖典は、 この場所を、 アグニ、 インドラ、 ブラフマーのような天上の存在たちが苦行を行った場所として言及している。

クル王もまた、 まさにこの場所で苦行を行った。

ここで死ぬ者は、 死後、 より高い世界へ行くとされている。

これら、 またこれに類する理由によって、 クルクシェートラは、 ダルマ・クシェートラ、 あるいはプンニャ・クシェートラ、 すなわち「聖なる地域」と呼ばれる。

「私の息子たち」という語によって、 ドリタラーシュトラは、 自分の百人の息子たちと、 彼の側に立つすべての戦士たちを指している。

また、 「パーンドゥの息子たち」という語によって、 彼は、 ユディシュティラをはじめとする五人のパーンダヴァ兄弟と、 彼らの側に立つすべての戦士たちを意味している。

この詩句における問いかけは、 ドリタラーシュトラが、 それ以前の十日間にわたって激しく行われた恐るべき戦いについて、 詳しい説明を知りたいと望んでいたことを示している。

すなわち、 集まった戦士たちがどのように戦いを始めたのか。

戦列において、 誰が誰と対峙したのか。

誰が、 いつ、 どのような手段によって、 誰に殺されたのか。

そうしたことを知りたいということである。

すでにドリタラーシュトラは、 偉大なビシュマが戦いで倒れたという知らせを聞いていた。

したがって、 この問いかけは、 彼が戦いについてまったく知らないままであり、 そのために尋ねた、 という意味にはならない。

むしろ彼は、 聖なる土地クルクシェートラの聖性が、 自分の息子たちの心を改めさせたのかどうかを知りたかったのである。

つまり、 その聖地の影響によって、 彼らがパーンダヴァたちと和平し、 彼らに王国への正当な権利を認めたのか。

あるいは、 正義の王ユディシュティラ自身が、 その土地の聖性に影響されて、 戦いから退いたのか。

あるいは、 それまで両軍は、 それぞれの位置に戦列を整えたまま留まっており、 まだ戦いが起こっていなかったのか。

また、 もし戦いがあったのなら、 その結果はどうであったのか。

そうしたことを、 彼は知ろうとしていたのである。

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