<前回の続きを読んでいきます。>
ここは、 『ギーター』の解説を書いた著者自身による断り書きです。
自分はギーターを完全に理解している者ではない。 多くの先人の注釈に助けられている。 誤りがあれば許してほしい。
そういう姿勢が、 かなり率直に述べられています。
長年にわたり、 何人かの友人たちが、 私自身の考えに従って、 『ギーター』の詳しい注釈を書くようにと勧めてきました。
すでに『ギーター』については、 尊敬すべきアーチャーリヤ、 聖者、 聖人、 そしてシャーストラに深い洞察を持つ学者たちによる、 多くの注釈や解説があります。
それらはすべて尊重されるべきものであり、 それぞれの立場から、 ギーターの秘密を明らかにしようとしてきました。
しかし、その多くはサンスクリットで書かれており、 特に学識ある人々にとって有益なものです。
そこで友人たちは、 一般の人にも役立ち、 普通の人々にも理解できるような、 やさしい言葉による詳しい注釈が必要だ、 と考えました。
その目的のもとに、 また著者自身もこの仕事によって最も多くの利益を受けるだろうと信じて、 この仕事に取りかかったのです。
しかし実際に経験してみると、 この仕事は初めに思っていたよりも、 はるかに難しいものでした。
私は、 能力と資格の両面から見て、 自分のこの試みが大胆すぎる行為であることを自覚しています。
私はヴァイシャの身分に属し、 学識や知恵の点でも、 この仕事にまったくふさわしいとは思えません。
そのため、 『ギーター』のように普遍的に尊敬される聖典の注釈を書く資格は、 自分にはまったくないと感じています。
ギーターの意味についても、 主の教えを完全に理解したなどとは到底言えません。
その意味の百分の一でも理解したと言うことさえ、 私にはあまりに思い上がったことです。
さらに、 その意味をわずかでもつかんだとしても、 それを実生活の中で実践することは、 いっそう困難です。
それができるのは、 主から特別な恩寵を受けた人だけでしょう。
ギーターの教えをすべて生活の中で実践することは、 まことに遠いことです。
それでも、 霊的実践に関するギーターの一つの詩句に従って人生を形づくった人々でさえ、 本当に祝福された人々です。
私はその聖なる足もとに、 幾千万度も礼拝します。
そのような人々だけが、 ギーターを解釈する資格を持っているのです。
このように、 どの点から見ても、 私のこの試みは大胆な企てであり、 まったく子どもじみたものです。
それでもこの仕事は、 ギーターの意味について考え、 主の神聖な教えを省み、 霊的な主題について語る機会を私に与えてくれました。
その時間は、 私の人生の中で最善の形で用いられた時間であり、 そのことを私は祝福と感じています。
この仕事によって、 ギーターについての私の理解はいくらか進み、 多くの誤りも正されました。
それでもなお、 この仕事の過程で私は一歩ごとに誤っている、 と考えておくのが安全でしょう。
なぜなら、 私がギーターの教えの百分の一でも理解しているかどうかは、 確かには言えないからです。
ギーターの本当の意味を完全に知っているのは、 主ご自身だけです。
そしてある程度までは、 ギーターが語られた相手であるアルジュナです。
あるいは、 実際に神を実現し、 神の恩寵を生活の中で完全に生きた人々であれば、 その一部を知ることができるかもしれません。
このことについて、 私にこれ以上何が言えるでしょうか。
私は、 ギーターについて注釈や解説を書いてきた尊い魂たちに、 深く恩義を感じています。
この注釈を形づくるにあたって、 私はそれら多くの注釈から大きな助けを受けました。
ですから、 感謝に満ちた心で、 それら尊ぶべき方々に、 何度も何度も謙虚な礼拝を捧げます。
この注釈については、 ためらいなく、 不完全なものであると言うことができます。
主の意図を正しく解釈するどころか、 いくつもの箇所で誤解しているかもしれません。
また多くの箇所で、 主が語ろうとしたことと正反対のことを示してしまっているかもしれません。
そのすべての誤りについて、 私は慈悲深い主と、 すべてのギーターを愛する人々に、 合掌してお詫びします。
私が書いたものは、 自分の乏しい理解に従って書いたものにすぎません。
学識と知恵ある人々が、 私のこの幼稚さを許してくださることを願います。
この注釈では、 私はどのアーチャーリヤや注釈者の見解にも直接言及せず、 また誰かを批判することもしませんでした。
しかし自分の見解を述べる中で、 誰かの見解と衝突することを語ってしまっているかもしれません。
その点についても、 すべての方に許しを願います。
私の目的は、 論争に入ることでも、 ある見解と別の見解を比較することでもありませんでした。
できる限り、 前に述べたことと後に述べることとの間に矛盾が生じないよう注意しました。
しかし注釈がかなり大きなものになったため、 その種の誤りが見落とされている可能性はあります。
寛大な読者が、 そのような誤りを正し、 知らせてくださることを謙虚に願います。
この注釈を書くにあたって、 私は多くの尊敬すべき方々、 友人、 親族から、 計り知れない助けを受けました。
現代の礼儀からすれば、 その方々の名前をすべて挙げるべきなのかもしれません。
しかし、そうすれば、 まずその方々の気持ちを傷つけてしまうでしょう。
また私とその方々との関係は非常に親しいものであり、 その方々を称えることは、 自分自身を称えることにも等しくなってしまいます。
そのため、 誰の名前も挙げずに、 ただこのように述べるだけで十分だと思います。
その方々の惜しみない協力がなければ、 この注釈は現在の形で日の目を見ることはなかったでしょう。
-- ジャヤダヤル・ゴーヤンダカ
<これで、前書き部分はいったん終わりです。次からは目次、そして第一章本文へ進みます。>