44.これは日本だけの現象なのか
完全に日本だけの現象ではない。英語圏にも、Law of Attraction、manifestation、surrender、divine feminine、feminine energy、soft life、provider man、effortless manifestationなど、似た言説が存在する。特に近年の「feminine energy」文化には、「男性がprovideし、女性はreceiveする」という言説も見られる。
したがって、「何もしなくても受け取る」という思想を日本だけが発明したとは言えない。しかし、日本では輸入されたニューエイジ・引き寄せ思想が、「ありのまま」「頑張らない」「女性性」「子宮」「存在そのものの価値」といった日本独自の自己啓発文化と結びつき、独特な形に発展した可能性は高い。
45.単純な「アメリカ→日本」ではない
さらに興味深いのは、思想の流れが一方向ではないことである。たとえば福岡正信の自然農思想は、日本から欧米へ大きな影響を与えた。東洋思想、禅、ヨーガ、仏教、老荘思想なども、20世紀の欧米カウンターカルチャーに大きな影響を与えている。それが欧米でニューエイジやエコロジー思想と融合し、再び日本へ輸入されることもある。
したがって、
日本 → 欧米 → 再解釈 → 日本
という循環も存在する。現代スピリチュアルは、単純な輸入文化ではなく、複数文化の思想が何度も往復しながら混成した文化として考えたほうがよい。
46.「何もしない」思想を三種類に分ける
ここまでの議論を整理すると、少なくとも三種類の「何もしない」が存在する。
- 高度な「何もしない」:自然農や老荘思想などに見られる。世界がどのように動いているかをよく観察し、不要な介入をしない。これは「何もしない」というより、「何をしなくてよいかを知っている」状態である。
- 社会批判としての「働かない」:カウンターカルチャー、反消費主義、コミューン、エコロジーなどに見られる。「賃金労働を人生の中心にする必要があるのか」という問いであり、実際には生活を維持するために多くの活動をしている場合が多い。
- 魔法的な「何もしない」:「自分は行動しなくても、必要なお金・人・物が宇宙によって供給される」というものである。
現在問題になっているのは、主として三番目の「何もしない」である。三つを同じ言葉で括ると、本質を見失う。
47.第一の「何もしない」と第三の「何もしない」はほぼ反対である
特に面白いのは、自然農的な「何もしない」と、現代スピリチュアル的な「何もしない」が表面的には似ていても、実際にはかなり違うことである。自然農では、自然を徹底的に観察した結果、「これは人間がやらなくても自然がやる」と判断する。つまり経験的である。
一方、魔法的な「何もしない」では、「宇宙がやってくれるはずだ」という信念が先にある。前者が「観察 → 介入を減らす」であるのに対し、後者は「信念 → 介入をやめる」である。この違いはかなり大きい。
この章で生じうる解釈の乖離
論理的に確認できること 感情が先行した解釈 協働のために不要な介入を減らすことと、必要な行為を他者へ任せることは逆方向である 同じ「何もしない」という言葉なら、両者は同じ意味だと考える
48.「自然が与える」と「社会が与える」の混同
さらに、「自然は無償で多くのものを与えている」という事実から、「社会も自分に無条件で必要なものを与えるべきだ」という結論は導けない。太陽光は無料かもしれない。しかしソーラーパネルは誰かが作る。雨は無料かもしれない。しかし水道設備は誰かが作り、維持する。植物は育つ。しかし都市のスーパーに並ぶまでには、多数の人が関わっている。自然からの贈与と、社会的生産物の分配は、別の問題なのである。
この章で生じうる解釈の乖離
論理的に確認できること 感情が先行した解釈 生態系による資源循環と、社会制度による生産・分配は異なる仕組みである 自然の恵みと同じように、社会からも自動的に資源が届くと考える
49.「宇宙」という言葉がすべてを隠してしまう
現代スピリチュアルでは、「宇宙」という言葉が非常に便利に使われる。偶然も宇宙。友人からの援助も宇宙。親からのお金も宇宙。仕事の紹介も宇宙。社会保障も宇宙。たまたま出会った人も宇宙。もちろん、宗教的・詩的な世界観としてそう呼ぶことは自由である。しかし社会分析として考える場合には、宇宙の背後に実際には誰の行為が存在しているのかを見る必要がある。
そうすると、「宇宙から与えられた」と思っていたもののかなりの部分が、他者の労働、過去の蓄積、人間関係、社会制度、偶然によって説明できる場合がある。
この章で生じうる解釈の乖離
論理的に確認できること 感情が先行した解釈 「宇宙」と呼んでも、実際の生産者、制度、資本、偶然は消えない 宇宙から与えられたのなら、具体的な供給者や負担を考えなくてよいと考える
50.それでも「委ねる」という知恵まで否定する必要はない
ここで逆方向に行きすぎる必要もない。人間にはコントロールできないことが大量にある。努力しても結果が出ないこともある。偶然の出会いによって人生が変わることもある。予定していなかった機会が現れることもある。何でも自分の計画通りにしようとすると、かえって可能性を失う場合もある。したがって、「流れに任せる」「結果への執着を手放す」「必要以上にコントロールしない」という知恵そのものを否定する必要はない。問題は、「コントロールできないものを手放す」ことと、「自分ができることまで放棄すれば宇宙が代わりにやってくれる」ことを混同することである。