他人のスピリチュアルな成長をどのように判断するか (2/2)

2024-07-11公開 (2024-07-06 記載)
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

例えば、スピリチュアル中級者と物理的な判断力とが組み合わされば、周囲の人が全て悟っているかのように思えても実際はそんなことは無いはず、と判断を下せるのです。スピリチュアル初心者にしても、投射の効果があるということを知っておけば傲慢になりにく、優越意識が育ちそうになった時の歯止めが効きます。スピリチュアル上級者にしても、全て感覚で判断することは難しく、ある種のヒントのような手がかりを使って判断することができます。

その時、基本となるのがこの現代社会を生きる上で会社などで役立つ論理的な知識と判断力で、理屈をきちんと考えることができる能力があってこそ、変な存在に騙されたりしにくくなるわけです。


他の例で言えば、「絶対に、⚪︎⚪︎ではない」という、否定系の言葉を使うスピリチュアルもこの種のお話に関連してきます。数学の証明問題において、「ある」を証明するには何か1つ例を挙げれば良いだけですので比較的簡単とも言えるのですが、「ない」ということを証明するには可能性の全てを網羅しなくてはならないので証明が大変なのです。網羅性の証明というのも大変ですし、分類に分けることができたとしてもMESIのそれぞれにおいて個別に証明しなくてはならず、数学の問題ならまだしも、スピリチュアルのよくわからない命題において「ない」ということを証明するのはほぼ不可能にも近かったりするわけです。その意味合いにおいて、例えば、「あなたは、このセミナーを受けなければ、絶対に成長しない」などと、半ば脅しのような文句を使ってセミナーを受けさせようとするスピリチュアルの講師がこの世の中には存在します。それは脅している時点でスピリチュアル講師として失格ですし、実際にそうであるのかをそもそも証明できないのにそういうことを言う時点で、もはや信用に値しないのです。

確かに、本当に未来を見据えることができる人がそう言う場合もあるにはありますけど、それでも、可能性というのは無限大であって、現在で見えているのは現在の可能性を示しているだけであって、現在の可能性として全く見えていないからといって、本当に不可能だとは言えないのです。状況によっては限りなく少ない可能性ではあっても、ゼロではないのです。

講師の側もある意味で(そのまた上の本部に乗せられているという意味で)被害者かもしれませんが、このような煽りに乗せられて高額なセミナーを受けてしまう受講者は本当の意味で被害者であるわけです。

このようなことも、ある程度の普通の勉強が理解できるのであれば、スピリチュアルどうこう言う以前に、不適切な発言をすることはもちろん、そのような発言に乗せられて高額セミナーを受けてしまうような問題は回避できる種類のものであるわけです。

どちらにせよ、普通のお勉強がある程度できることは全ての人に必要に思います。

ですので、「スピリチュアルで現実化する世の中になるので、お勉強なんて(奴隷のための教育だから)無駄」みたいなお話は眉唾で、スピリチュアルであろうとなかろうと、思考力を鍛えて判断力をつけるために普通のお勉強が必ず必要になるわけです。それを別に普通の勉強でしなくても良いですし、日常生活で鍛える人もいらっしゃいますけど、普通の勉強で鍛える方が実は思考力の成長は早いように個人的には思います。