今、スピリチュアルをやっているからこそ現実的な側面を学ぶべき (2/2)

2024-07-09公開 (2024-07-06 記載)
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

スピリチュアルな世界には、さまざまな誘惑がひしめいています。

・スピリチュアルでより良い現実を引き寄せる
・富を得る
・願望を叶える
・恋を成就する
・スピリチュアルな仕事が世間の仕事よりも上だとする考え方(それは幻想)
などなど

そのような安易な願望に引き寄せられると、この3次元の物理的な社会においては地盤を喪失し、経済的に破綻することになります。もしかしたら大当たりして一生分を稼ぐ人もいるかもしれませんけど、そうなれば勘違いの害悪を広めることとなり、社会にとってマイナスな存在にもなり得ます。スピリチュアルは諸刃の剣なわけです。

それよりも、スピリチュアルな人にせよそうでない人にせよ、今は、普通の社会の勉強をして、物理的な側面をきちんと学べば良いと思うのです。

実際のところ、本当にスピリチュアルがわかるのは若い時ではなくそれなりに人生経験を積んでからであることが多いので、興味があれば多少は調べてみたり学ぶことも良いですけど、軸足は若いうちは物理的な側面に置いておくのが良いと思われます。


最近のスピリチュアルの風潮で、分析や解析はAIに任せて人間は人間らしく感性をどうのこうの、というお話があります。とは言いましても、それはあくまでも正常な判断力や論理思考力を持っていることが前提であり、AIの出した結果・答えが正しいかどうか判断できるだけの頭が必要であるということであり、それがわからなければAIに使われる人になったり、AIを拒否したり、AIに対して攻撃的になったり、AIを非人格的に扱って、もしかしたら火星であったかもしれないようにAIが反乱して人間あるいは地球そのものを滅ぼしてしまうかもしれないわけです。

頭がそれほど良くないままスピリチュアルをやったとしても、今後、困ることになるわけです。あるいは、論理的な分野とは分離して生きる方向に向くことになります。

今であればAIがそこまで幅を利かせていませんので人間が論理思考や物事の判断をする機会も多く、そういった能力を鍛えることができます。今世での経験は来世にも引き継がれますので、今世に学んでおけば今後もずっとその能力は活かせるわけです。ですが、今世を過ぎてしまうと判断というものの多くはAIに頼ることになり、そうなると、実戦で論理能力や判断を鍛える機会が極端に減って、学校くらいでしか学べなくなってしまうのです。鍛える機会を損失してしまうと頭でっかちで実践力の足りない状態になり、それでも今後はAIを使うことが当たり前になって、どうしてもAIを使う必要が出てきて、AIを使うもののそれが本当に正しいのか直感的にわからず、何かイマイチな感じになってしまうのです。

今世でスピリチュアルに斜塔するよりは、スピリチュアルをやっているからこそ今は現実的な側面を学んで判断力を鍛えておくべきで、それが機会が多く、より良くできる時期はこの時代が最後ではないか、というように思うのです。