ハイヤーセルフは高次で意思表示および行為をする

2023-01-21
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

ですが、実際のところ、五感で知覚できなくても、ハイヤーセルフの意識に目覚めればハイヤーセルフの意識を自覚できるわけです。それは「感じる」という意味においては割と皮膚の触感に似ているといえば似ていますけど、もっとスピリチュアルな感覚としてハイヤーセルフの臨済を胸のハートのアナハタ中心に感じることを基本としてい流のですが、更には、実際にハイヤーセルフが主体となって感じたり意識を発したり、ということが高次からそれとなく、時には多少なりとも強烈に働きかけが行われます。

お勉強の世界ではハイヤーセルフあるいは真我というものは人間の五感やマインド(思考する心)と切り離されたものとして学習しますけど、実際は、ハイヤーセルフの意識というものは実在であってもっと体験的な本当の出来事なわけです。

お勉強をしてますと、時折、流派によってはハイヤーセルフあるいはアートマン(真我)のことを「行為ではない」みたいに表現することがあって、「行為なしに理解する」とか言葉上は説明されることがありますけど、それは説明の上でなんとか説明しようとするとそう表現すると誤解が少ないかもしれない、というくらいのお話であって、実際の姿とはかけ離れているわけです。

実際は、ハイヤーセルフの意識というのは生々しくて、実在で、ハイヤーセルフそれ自体もその高次元においてかなり「行動的」であり、文字通りそれは「行為」であって、ただそれは次元が異なりますから物理的な三次元の行動ではないですし三次元の肉体的な行為ではないので、お勉強の世界の説明は正しいと言えば正しいのですけど、かと言って、完全に「行為ではない」というかと言うと、それはそれで誤解のあるお話なのです。

本当にわかった者同士であればそんな言葉の区別などせずに普通に「ハイヤーセルフの行為」として「見る(観察する)、聞く(意識を向ける)、働きかける(意思を発する、働きかける)」と言う行為が当然のようにある前提にしてしまえばいいと思うのですが、何故か、伝統的にハイヤーセルフ(アートマン、真我)のこのような行為は全て「行為ではない」とされていますので、流派によっては表現が回りくどかったりしますが、実際、次元が高次で違うだけで、それは意識として存在し意思を持って活動しているわけです。

そのような意識が出てくることがお釈迦さまの言われるヴィパッサナーの一面であると思うわけです。ただし、これは私の個人の解釈であって、特定の流派の解釈に基づいたものではないことをお断りしておきます。