無念無想の特別感のない普段の瞑想状態で過ごす

2022-11-21
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

そのような状態になるとエネルギーも充実してきて、特に私は右手が昔から安定しなくて弱いところですけど、最近は瞑想中に右手を強化することを意図しているわけですが、右手にピリピリと刺激が入りつつ右手のオーラが回復してきたように思います。

意識の静寂さとエネルギーの充実とは関係があって、雑念やトラウマなどにエネルギーを取られていると体のオーラ(のエネルギー)が減っていきますので、無念無想の状態でいるとエネルギーも充実してくるわけです。

この無念無想は瞑想がある程度の段階に至ったということではありますけど、そうは言いましてもそれはそれで(次の段階の)瞑想の基礎であるとも言えて、この無念無想を基礎としつつも、まだハイヤーセルフの意識は「観察」の側面が強くて、ハイヤーセルフの能動的な「働きかける」という側面の意識が十分に出てこられるまで瞑想が進んでいないようにも思います。

やり方は色々あって、瞑想の手法を学ぶなどして一時的にハイヤーセルフの意識を表に出す、という手法は世の中に修行や秘術的あるいは魔術的なものが多くあるわけですけど、私の求めているものは一時的な術ではなくて恒久的な日常における瞑想状態としてのハイヤーセルフの臨在ですので瞑想を続けることでその瞑想が日常生活に続くことを意図していて、今のところ、このような瞑想状態が日常生活にまで広がりつつありますので少しづつ目指す方向に進んでいると言えて、無念無想はそのような目的における基礎であると思うのです。

言葉の表現としてはそれなりに前からこのような状態になってきてはいたわけで、文字を読んだだけでは似たように思えるかもしれませんけど、違うのは「自然さ」と「特別感」で、以前は特別な状態のような気がしてきていてその特殊な瞑想状態に遷移した、という感じでしたが、今は割と日常生活に溶け込んでいて「自然」で、特別感もほとんどなくて、それでいて状態としては同じように感じますので、安定してきたのかなと思います。その安定感は割と「観察」の側面が強いわけですけれども、これからは少しずつ能動的な側面が強くなる気がしております。