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守護霊の雑談を相手の心の声だと勘違いするサイキック

2022-10-30
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

サイキックにも色々なレベルがあって、誰が喋っているのか心の声の見分けがつかない場合がほとんどです。

実際のところ、単に「心の声を聞く」だけであれば大勢の人がすることができて、そこまで大したことでもないわけですけど、元々読めなかった人が読めるようになったりすると大したことだと勘違いすることがあります。実際のところ、特に女性は感覚が鋭くて親しい人の心の声を読み取ったりしています。これは人もよりますし、付き合う人や家族にもよるのですけど、家族の間で心を読み合って生活するなんてことは割と普通かなと私なんかは思いますけど、そうは言いましても世間を見ますと心が全く読めなかったりする人も多そうな感じですので、これは人によると思います。

そうして対面ですと相手の心の声かなぁ、と感覚でわかるわけですけど、そういう時、相手のことをよく理解しているのならば本当にその人が発している心の声かどうかも感覚として見分けがつくわけです。

一方、相手とそこまで理解し合っていない場合、あるいは、単に営業トークで付き合っている程度の関係の場合など、それほどの付き合いでもない場合、例え相手の心の声が聞こえてきたとしても、それが本当に当人の言葉かどうか判別がつかなかったりするのですけど、そこまで勘が鋭くない人の場合、ただ単純に、相手の心の声だと勘違いしてしまう人も割と多いように思います。

見えない存在というのは色々で、狐が化かしたりというのはそれほどないにせよ、生霊が悪戯をしたりあの世の世界の人がちょっと話しかけてきたり、というのはよくあるわけです。そういう時、声が聞こえると「神様からの声」と勘違いしてしまうこともありますけど、大抵の場合は、単に霊人から話しかけられてきただけだったりします。

守護霊の雑談なんかもそうで、対話相手について守護霊がワイワイ井戸端会議をしていると、ふと、その声が対談相手に届いたりして、そうすると、対談相手は、まるでこちらがそのことを心の中で思っているかのように勘違いしてしまうことがあるわけです。

実際は守護霊が井戸端会議しているわけですけど、サイキックだとしても、大抵の場合は単に「不意に」聞こえてくるだけで、その発信源まで正確に把握できないことがほとんどのように思います。

マニプラやスワディスタナのチャクラが活性化されているくらいの段階ですとなかなか細かなところまでは判別できなくて、特にスワディスタナは無意識のチャクラですから不意に聞こえてくることがあったとしても、それに対して深いところまで判別できないのです。

大抵、霊聴や心の声を聞いたとしてもスワディスタナで不意に聞こえるくらいで、誰が喋っていることなのか判別できないことがほとんどのように思います。

実際このようなことが最近あって、そのとき私はとあるスピリチュアルのセッションで女の人と雑談をしていたのですけど、私の後ろで井戸端会議をしていた私の過去生の妻たちがその女の人のことを調べていて、その過去妻は昭和妻ですのでその価値観で「なんなの、この子。家事もしないで旦那を放っておいてこんな遠くまで出歩いていて」みたいに噂していてその女の人は過去妻たちに気に入られていなくて評判悪かったのですけど、その言葉をふと聞いた相手が、まるで私が心の中でそう思ったかのように勘違いしたらしく、いきなりそのことでブチギレ始めたのです。私は最初、言っていることが理解できなくて意味不明に感じていたのですけど、ちょっと後で私の見えないガイドに教えてもらったところによると、どうやらそういうことだったようです。多少ながらスピリチュアルをかじったところで、細かいところはわからなかったりするわけです。その女の人は自分のスピリチュアルに大層自信があったみたいですけど、それなりに自信があったとしても、この程度だったりします。どんな理由があるにせよヒステリーな女は私は嫌いで避けますのでその女の人とはもうほとんど関係ないのですけど、そういうこともありましたね。

ちゃんと(霊的な)視覚で(肉体の視覚では)見えない存在を認識した上で、誰が言っているのかを(霊的な)視覚としての映像として認識しつつ(霊聴としての)言葉の感じから誰が喋っているかを判別できるようになるまではこの種の混乱は無くならないように思います。霊的、とは言っても、要は「感じること」な訳です。感じることで見える気がする、聞こえる気がする、という感じる感覚で見分ける、判別するわけです。



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