スピリチュアルの「癒しましょう」はそれなりのレベルのお話

2022-10-15
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

昔からスピリチュアルでは「トラウマを癒しましょう」ですとか「トラウマを感じて受け入れましょう」というお話をよく聞きます。

ですけど、スピリチュアルではその前提のことはあまり言っていなくて、ただ単に「簡単なことです」とか「感じさえすれば良いのです」「誰にでもすぐにできることです」あるいは「思い出せばいいだけのことです」みたいに言ってあたかもすぐに誰でもできるかのように言っていて、これはかなり誤解があると思うのです。

これは、「そのレベルに至れば、簡単にできる」というお話で、誰しもができるお話ではないのです。

確かに、生まれた時からある程度まで覚醒していて後ちょっとの目覚めをしただけであれば、そのように「簡単なこと」だったり、あるいは「思い出せばいい」だけだったりします。ですから、その人にとってはその通りだったりしますので、言ってる本人にとっては本当ですからその言葉に(大抵の場合は)嘘はないわけです。ですけど、多くの人にとってはそれは簡単ではないですし、思い出せばいいだけのことでもないわけです。そもそも、思い出すものすら元々持っていなかったりするのが普通です。

想像でその気になるのは簡単で、スピリチュアルに最初はハマって、そのうち目が覚めて「あれ。私、一体、何をやっていたんだろ」みたいにスピリチュアルに嫌悪を覚えるようになることもありますので、あまり、この種のお話で「簡単だとか」「・・・しさえすれば良い」みたいな誤解を与えるのはやめた方がいいと思います。

この、「癒しましょう」とか「感じるだけで良い」と言うのは、前記の通りの基礎がいくつかあって、それで初めて成り立つものなわけです。生まれた時からある程度の基礎があるのならともかく、ないのであれば、それなりに修行なり瞑想をして初めてその段階に辿り着くわけです。

この、スピリチュアルがいう「簡単」と言うのは大乗仏教が「空性と慈悲の統一」と表現している奥義の状態のことであり、奥義というくらいですから簡単ではないのですけど、そのことを言い換えれば静寂の境地の基礎とハイヤーセルフの愛に目覚めて初めてスピリチュアルのいう「簡単」という境地に達するわけです。であれば誰しもがすぐに達成できるというわけではないのは当然で、その段階に至れば「それは簡単になる」という意味なわけです。

ですから、トラウマを癒すとか、トラウマを感じて受け入れるというのは、そのレベルになれば簡単にできます、というお話なわけです。

補足ですが、セミナー等で、講師の誘導により空間が一時的にワンネスになってその状態に導かれる、ということはあります。それはその時々で、講師の腕にもよります。その人がいるから空間が変容してその同じ空間にいる人が一時的にワンネスを感じられるようになるのであって、そうでなければ、きちんと順序を追って基礎を身に付けないと自分でその状態には至らないのです。