自己肯定の2つのループ(同テーマ&時系列の前記事)

エゴによる自己肯定のループ


(続き)

一方、エゴによる自己肯定のループは他者との区別及び溝が深まる方向に作用し、愛が減り、他者との分離が強まり、自分と他人を比べて自分が優位に立つために拡大解釈や捻じ曲げ解釈を駆使して真実よりも想像を優先させ、認知を歪ませ、緊張が深まり、その結果、優越感の表情が極まって(時に下品になり)、エゴの自己肯定が深まり、エゴが強くなる、という負のループを繰り返すわけです。人によってはこう言う人を「立派」と言ったりしますけど、それは蓼食う虫も好き好きということですので、好きにすればいいと思います。いわゆる立身出世型というものですね。エゴが拡大すれば出世できますから、それもまた人生です。

私は別にこう言う人生を否定しているわけではなくて、全ては選択ですから、このような人生を生きたければ他者と分離をし続ければエゴが拡大して自尊心が深まって、世間で言う、いわゆる「立派」な人生を送ることができます。そうしたければそうすればよくて、自由が保障されているこの宇宙で、自分が目指すものに誰しもがなれるわけです。

ただ、私が目指すところとは違いますけど、これが良いと思うなら好きにすればいいわけです。

経営者とかですと多少は見えっぱりでホラ吹きの方が金持ちになったりします。ですけど、それがスピリチュアル的に成長しているかどうかとはほとんど関係がないか、あるいは、全くの逆だったりするわけです。

20年くらい前にNHKの記者と話をしたことがあって、私が「NHKの中には捏造報道や中韓よりの人がいますよね」みたいなことを言ったら、その記者は「NHKの人全員が捏造報道をするとか全員が中韓寄りだなんていう貴方はおかしなことを言う人」みたいに言われたことがあります。そもそもNHK記者は日本語のプロである筈で、私が「NHKの中にはそう言う人がいる」と言ったのは全員ではなくて一部の話をしているだけなのに、その言葉を拡大解釈あるいは捻じ曲げて解釈して「全員が中韓寄りだとか言う人はおかしい」と言うお話にすり替えて、そのことでエゴの自己肯定をしたわけです。認知がねじ曲がっているわけですね。

素人ならばともかく、マスコミの業界関係者で、しかもNHKに勤めているのですから「言語のプロ」である筈でしょう。その、言葉のプロである記者がこのように意味を捻じ曲げてすり替えの論舌をしているわけです。偏差値が高い学校を出て自尊心が強くて、現実を捻じ曲げてでも自己肯定しなければ自我が崩壊してしまうのでしょう。

まあ、私もその頃は若かったですし、記憶も曖昧なところはありますが。私の態度が相手をイラつかせたかもしれませんし、NHKに対する多少の偏見もあったかもしれませんし、その時は言説の各所からそういうニュアンスを出していたことは否定できませんけど、向こうも相応に話を捻じ曲げてきたわけです。

このようなお話は正常化バイアスとして多少は誰しもが持っているものですけど、私も自分のバイアスが他人に投射されてこのような経験をしたのかなぁ、とも今は解釈しています。

瞑想すればするほど認知が歪まないようになってきて、正常化バイアスのようなものも減ってきて、「ありのまま」を認知できるようになります。それはエゴが減ってくる、と言うことでもあるわけです。

(続きます)



自己肯定の2つのループ(同テーマ&時系列の前記事)