サハスララが開くことで聞こえる「こだま」

2022-09-09
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

神様とそれなりに一体になってきたものの、神様とまだ分かれているときは、「遠くから、こだまが、響いてくる」感じで神様の声を聞くと言います。言い方を変えれば、神様の声と自分の間に薄い膜がある、という感じとのことです。

これと似たお話があって、私の場合、何とも聞こえにくい、小さな音の、少し薄れたような声で「ボソッと」急に声が聞こえたりしますので、このことを「こだま」かと言われると、まあ、そう言えなくもないかな、とも思いますけど、おそらくは本山博先生がおっしゃっている「こだま」とは別物かなと思います。こだま、と言われればそうかもしれませんけど、この、とても聞こえにくい、意識が散漫にしていると聞こえにくい声は特に修行していない時からずっと聞こえていたようにも思いますし、修行していないときは雑念が多くてスルーしてしまっていたり、かなり聞きにくかったり、自分の思考と混同してしまっていました。今は明らかにそれとわかる、という違いはありますけど、何かが聞こえるというのはそこまで特別なことではないと思いますし、同書にも、アストラル次元でも色々と見たり聞こえたり、というのはある、となっていますので、特に珍しいことではないようにも思います。霊能という観点ではアストラルやカーラナの段階でもありますが、神様のところに行くとそういうのは無くなる、と言います。言い方として、そういう経験が無くなるわけではなくて、そういうこともあるけれども、見たり聞こえたりというのは神様ではない、ということかなと思います。それぞれあって、階層が違う、と言いますか。

その前提の上で、本山博先生がおっしゃっている「こだま」とは小さな声のことではなくて、響き渡るようなオームあるいは幅広い神のバイブレーション(振動)のことをおっしゃっているのではないかな、と思うのです。

向こうの方からこだまが、大きな力強い言葉でウーンと響いてくる、ああいう感じの声が聞こえるのです。やさしいのではない。でも、荒々しいのではなくて、力強い、非常に強い音が、直接ではなくて、向こうからこだまのような音に聞こえてくる。これが、神様の声が聞こえる特徴のようです。ふつう皆が聞いているような声ではなくて、どこか遠いところからウーンというように響いてくるのです。(同書より)

であれば、普段言葉で私が聞いているのは私の近くにいる守護霊や様子を見に来ている親類や元妻の言葉であって、ここでいう神様の声ではないわけです。

どちらかというと「耳鳴り」と言った方が近いのかもしれません。

私は普段からナーダ音の高周波は常に聞こえているわけですけど、それに加えて、時折キーンという一過性の高周波がすることがあって、それのことかもしれないですけど、まだそれとはっきりとはわからない状況です。