サハスララのブラフマンの門を開く(同テーマ&時系列の前記事)
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自分から自由になるとブラフマンの門が高い次元で開く

2022-09-08
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

気の次元の次はアストラルの次元ですが、これはいわゆる幽体離脱のことです。

本山博先生によれば、それはそれで高次の世界を垣間見るという点において見解が広がって有益ではありますが、アストラル次元で外に出たとしても、それは死んだ後の状態と同じだから何にも偉くなくて、浄化法をして気の次元あるいはアストラルの次元では外に出られるようになったり見えたり聞こえたりする霊能はできるかもしれないが、それだけだと本当の解脱はできない、とのことで、それはそうだな、と思います。

ふと、私が属するグループソウルから出たとある魂が転生した一生を思い出したのですけど、その分霊が中世のパリでスピリチュアル・カウンセラーの夫のメンター的な立ち位置だったことがあって、実は夫は全く霊能がなくてその分霊が幽体離脱して前日に翌日の相談者のことを調べて知らせていたのですけど、そういったことって、死ねば幽体だけになって割と誰でもできてしまうことなのですよね。アストラル次元で外に出られるからといって、それは割と技術的なお話であって、そこまで大したことでもないように思いますし、アストラル次元における幽体離脱は悟りに必須ではないように思います。

アストラルの次元を超えて、カーラナあるいはプルシャの次元でブラフマンの門が開く条件としては、「自分からある程度自由になって、いつでも心がけて自分を反省できるように、自分を外から眺められるようになっていないと、ブラフマンの門はなかなか高い次元では開きにくいのです。」(「本山博著作集5」より)とのことです。

サハスララに関して言えばやはりプルシャと繋がって神様と繋がるかどうかが重要であって、そこが肝のように思います。

同書では「自分から自由になってサハスララが目覚めてくる」と言う説明がありますが、個人的に思うのは、サハスララが目覚めてくると自由になる、と言うこともできるかと思います。

ブラフマンの門が開けてくるとより自由になって、一つの限界をまた一つ超えたように思います。

(続きます)



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