スピリチュアルが単なる想像でしかない事も多い

2022-08-31
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

地球由来のスピリチュアルの場合、「信仰」「崇拝」という形を取ることが多いように思います。ですから、地球由来で育ったグループソウルの場合はこちらの形を取る場合が多いのも当然のように思います。こちらの場合、スピリチュアルとは言っても想像して楽しんだりファッションやら形を真似る、という形式になることが多いように思います。それはそれでそこまで悪いことではないですけど、真似たり崇拝及び信仰という形を取るわけです。多くの場合、どこまで行ってもスピリチュアルで言われていることは「想像」でしかなくて、それで一生を終える場合も多々あります。それでも、そのような探求を何世も行えば少しずつ成長してゆくので無駄にはなりません。そうであったとしても、瞑想をして少しでも雑念が少ない生活を送れて幸せな気分になれるのであれば、それでも割と十分すぎるのではないかとも思うのです。地球由来の魂の場合、「静寂の境地」が一つの到達点であるように思います。そのため、多くの宗教で「静寂の境地」が悟りに相当すると謳われているのでしょう。

一方、スピリチュアルで言われている手法を本当に実践できるのは宇宙由来のグループソウル(及び一部の地球由来のグループソウル)で、こちらの場合は本当にクンダリーニが覚醒したりハイヤーセルフと繋がったりして、スピリチュアルで言われていることを実践できるわけです。こちらの場合、静寂の境地を「基礎」としてクンダリーニを活性化させたりハイヤーセルフと繋がったり幽体離脱したり意識が次元を超えたりして、本当のスピリチュアルを実践できるわけです。

長年、スピリチュアルなことが表に出ずに秘密にされてきたのも、スピリチュアルな知識を地球由来の魂が知ったところで理解できないですし自分達の欲望を叶えるために使うだけですので教えるだけ無駄になる、という背景があるように思います。記録や言い伝えによりますと、過去に何度もスピリチュアルな知識を人々の求めに応じて与えてみたことがあったが、そのどれも失望の結果に終わった、ということで、それ以来、安易にスピリチュアルの知識は伝えないという伝統が出来上がったとのことです。

昨今、時代は変わって「もはや秘密ではない」とスピリチュアルの先人たちが知識を公開し始めました結果として私たちも様々な書物を読むことができますが、必ずしも誰しもが理解できるわけではないわけですし、誰しもが実践できるわけでもないわけです。