大日本共栄圏における日本列島

2022-06-23
トピック:スピリチュアル: 歴史

(続き)

そのタイムラインにおいて、以前に書きましたように、立候補者の範囲が広がった最初の大統領選で日本列島の立候補者たちがいきなりアメリカの立候補者に負け、アメリカおよび大日本共栄圏の各地から大統領が選出されるようになって以降、日本列島の位置付けが相対的に下がっていきました。日本列島は日本民族が発祥した土地ということで尊重はされ続けますが、人は豊かなアメリカ西海岸にこぞって移住し、日本列島には空き家が多くなりました。

元々、日本人はアメリカ西海岸をそれほど豊かな場所だとは考えておりませんでした。しかし、何度かの飢饉が日本列島に訪れた時、アメリカで食べきれずに古米となっている在庫を大量に日本に運び入れることで日本列島の飢饉を救ったことが何度かあって、それ以降、アメリカの豊かさが日本列島に知られることになり、大量に移民するということがその後、100年ほどに渡って続きました。

元々アメリカ西海岸で在庫になっていて困っていた3年前くらいまでの古米があったのですが、現地では「これ、どうしようか。捨てようか。勿体無いな」と思っていたところ飢饉ということで送ろうとしたのですが、いざ見てみると虫がかかっていて、「こんな虫入りの米を送ったら怒られるかなぁ・・・」と思いつつも、大量の在庫としてはそれしかありませんでしたので、その虫付きの古米を「いいや、これを送ろう」とドキドキしながら送ったら意外にも全く日本列島の方は気にせず、むしろ大喜びで受け入れて、虫くらいは分けて取るから問題ない、ということで、アメリカ西海岸の送る側の心配は杞憂に終わったのでした。そんなことが、2回くらいあったでしょうか。

輸送する船と一緒に来た人が日本の宿でくつろいでいる時に「このお米運んできてくれてありがとう。あんたが運んでくれたのだから、これ、代金はいらないよ」と言われて出されたお米の中に米に紛れ込んでいた虫が1匹入っていたのですが、アメリカの住民は虫付きの米など食べたことがなくて新米ばかり食べておりましたので「ちょっとこれはなぁ」と思いつつも「日本列島の人はあまり状況をよく分かっていないなぁ・・・」ということで、アメリカが如何に豊かなのか説明してあげたりしました。

また、同時期にはアメリカ西海岸から旅行者が日本列島にやってくるようになっていたのですが、アメリカで生まれて育った人が日本の宿に泊まったところ、まるで牛小屋のような狭い小屋で、宿の方は「いい部屋を用意しておきましたよ」と言ったのにそんなに狭い小屋のようなところだったので、旅行者は「日本列島の人って、こんな狭い家に住んでいるの? 私の家で働いているインディアンの使用人でも、もっと広くていい部屋に住んでいるのに」と、驚いたりしていました。宿の人が「あんさん、どこから来たのかい。仕事は何をしているの」と聞くと、「アメリカ西海岸から来て、向こうで生まれ育ったけど、仕事は使用人が全部してくれるので、働いたことはないですよ。インディアンの人は働き者ですし、土地は広いし、作物は食べられないくらい沢山取れます。」と言うと宿の人やそれを聞いていた人は驚いて、アメリカ西海岸の豊かさをようやく認識したようでした。

そうして、飢饉を境に急にアメリカの豊かさが日本列島に知れ渡り、アメリカ西海岸への移住ブームが起きたのでした。100年もそれが続き、移住ブームが落ち着き、空き家もかなり増えたのですが、豊かな大日本共栄圏を横から見ていた中国大陸の政権が「私の国(中国)も大日本共栄圏に加えてくれないだろうか」と交渉してきました。

実のところ、織田信長の時代以降、基本的な政策として「中国大陸には手出ししない」「中国大陸と商売はするが、土地を購入するなど移住政策は取らない」という基本理念が守られてきました。それでも、豊かなアメリカ大陸やオセアニアの島国などいくらでも土地や資源はありましたから、日本からしてみたら中国大陸は面倒なだけな土地とみなされていて、しかも、大統領選によってアメリカなどから大統領が選出されることが多くなっておりましたから、日本の隣にある中国のことなんてほとんどの人が気にしていなかったのです。

そのような状況で、急に中国の方からそのようなことを言ってきましたので、皆はあまり気にせず「え? 中国? よくわからないけど、まあ、いいんじゃない?」みたいに気軽に考えたようです。当時、大統領は前に書きましたように制限された権限しか持っておりませんでしたから、国が共栄圏に加わるというような大きな決断は次の大統領選の政策に書く必要がありました。ですから、当時の政権は「国民に聞いてみないといけないので、次の大統領選挙で政策にして問うので、4年くらい待ってほしい」と言ったように思います。

それを了解した中国側はそれを待ち、選挙で「中国の共栄圏への参加に賛成する」と政策を掲げた立候補者が勝ちましたので、その時から、中国は、平和理に、しかも中国の側から望んで大日本共栄圏に参加したのでした。

そのタイムラインではそのまま中国とは平和な状況が続き、争いもなく、今に至っています。

ただ、そのタイムラインで日本の神様が少し不満に思っているのが日本列島に住む人々の雰囲気で、当時は元々の日本人の多くがアメリカ西海岸に移住してしまった頃でしたので日本列島で過疎化が進んでおり、そんな時に中国が共栄圏に加わったことで中国出身の人が日本に大勢移住してしまったので街の雰囲気が少し変わってしまった、という点を神様が少し不満に思っていたようです。

その点、今のこのタイムラインは日本人の多くが日本列島に住んでおり、雰囲気も割と保たれておりますので、その点に関しては神様も一応はそれなりに満足しているようです。

人々の暮らしと恵みという点では大日本共栄圏の方が遥かに良かったわけですけど、日本列島に住む人々の雰囲気だけを見ると今の方が良いと言えます。

(続きます)