民主主義で国民主権の時代になったなんてのは嘘

2022-06-15
トピック:スピリチュアル: 歴史

(続き)

今は民主主義で国民主権とか言われていて国民が政治を関している風に思っていたりしますけど、実際は、昔も今も支配者が何を考えているのかを一般大衆が知ることはないのです。

制度としては国民が主権ということに一応はなっていますけど、実際は、国民主権で言っている国民とは一般庶民という意味ではなくて一部の国民が国王に代わって国を支配する、ということなわけですけど、この、国を支配している一部の国民というのはそのまま支配者のこともあれば代理人とかの場合もあってそれぞれですけど、どちらにせよ、一般庶民とこれら支配者あるいは代理人とはあまり関係がないのです。

これは制度的にもそうですし、実際、思想としてもそうなのです。ですから、一般庶民に主権があって国を間接的に治めているなんてのはかなり嘘なわけで、それでも時折、一応は制度としてありますから何も事情を知らない政治家がポッと選出されたりもしますけど、それは割と例外で、基本は一部の国民が国を治めているのが今の世の中なわけです。

ここで、基本形としてあるのは、昔ながらの国王は割と国民を思っているのに対し、新らしい制度の元で生まれた一部の国民による統治というのは基本的に欲望に基づく統治であるという点です。

昔ながらの統治では国王が国民を思いながら統治して国民はその国王の元での自由がありました。
今は、一部の国民が欲望の為に国民から搾取して政治を行っています。どちらが庶民にとって幸せだと思いますか。

もちろん、国王にもいろいろあって欲望が強い国王とか居ましたけど、今の政治家のようにほとんど8割とか9割が欲望のために働いている状況ではなくて、国王の場合は8割から9割は国民のためを思っていて残りの2割とかはそうでなかったりしますけどそこは人間ですからそのくらいは許容すべきくらいのものなのです。国王が国王らしくちょっと贅沢するくらい、可愛いものではないですか。

庶民は、一部の欲望まみれの、しかしながら演技の上手い一部の国民に踊らされる形で革命を起こして国王を追い出し、欲望まみれの強欲な一部の国民に国を与えることで庶民が自分の手で自分をより悪い状況に追い込んだのだと言えます。

統治というのは国民を思うことが必要で、それには長い歴史の積み重ねや代々の言い伝えも時として重要になりますけど、ぽっと欲望のままに政治家になったり首相になった人が何もできないばかりか、そもそも国民のことを対して思っていない、というのはどうしようもない状況であります。

そのくらいなら、きちんとした国王がいてくれた方が何倍も良いわけです。

(続きます)