スピリチュアルで他人の心を読むより愛に生きた方が良い

2022-05-29
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

幽体離脱の場合に読み取るのも大体は同じで、幽体になれば他人の近くに寄りやすくて観察もしやすいですけど、あくまでも外側から見ているだけなのです。思考みたいなものも割と簡単に読み取れたり読み取れなかったり熟練度によって多少の違いはあるとしても、読み取れたとしても顕在意識でしかなかったりするわけです。

その時に、潜在意識まで読み取れるのならばそれはそれで良いですけど、幽体離脱の時に潜在意識を読み取れるのだとしたら、それは、べつに幽体離脱する必要もなくて、普通の普段の生活の中で潜在意識を読み取れる筈なのです。まあ、読み取りやすさという面では多少の違いはありますし、瞑想中の方が読み取りやすいとかはありますけど、幽体離脱というのは体がないだけですから、幽体離脱した状態で更に瞑想っぽい状態にした場合は肉体を使って瞑想と同じになるというのは理屈としてはそうなのですけど、幽体離脱した時は割とふわふわしていますから、瞑想、という意味で言いますと、実は肉体を持っていた方が割とやりやすいわけです。(まあ、人にもよるかもしれませんけど)

どちらにせよ、能力というのは幽体離脱したからといってそこまでは変わらなくて、潜在意識を読み取れるのであれば普段の生活でも読み取れる、というのは理屈としてはそうなのですけど、ほとんどの場合、読み取ってるのは顕在意識でしかないわけです。まあ、それで割と十分と言えばそうなのですけどね。

自分が興味を持っていたり親しい人の状態を見るのは普通に興味を持ってみることができますけど、カウンセリングとかを依頼された場合に幽体離脱をして他人を観察してみたところで、ほぼ100%、世俗的なお悩みだったり大したことのないお話ばかりです。本人はそれなりに悩んでいらっしゃるようですけど。(補足ですけど、スピリチュアルで他人のカウンセリングを求める層と、自分で修行で切り開く層とは割と違う人たちのような気が致します。少し被ってはいるとは思いますが。)それに、依頼とかで見る場合は他人の人生に興味もないですしね。まあ、幽体離脱をして観察、という意味では、幽体離脱とは関係なしに生きている状態で見るのと見通せる範囲はそこまでは違わなくて、単に時空の制限が外れて過去などを割と自由に見れるという自由度は高まりますので、「知っている」という点では相手を驚かせたり凄いと思わせたりもできたりしますけど、本当の意味で他人を理解したのかというと、幽体離脱しただけでは、他人の理解なんてそうそうできないと思っています。

幽体離脱して他人を観察して、95%くらいは理解したと思ったりしたこともあったようななかったような、そんな感じではありますけど、そのパーセントというのは所詮は顕在意識のことかと思うと、奥底は見抜けていなかったのかな、という気も今はしています。

そもそも、大抵の人は顕在意識だけで生きていて、潜在意識がほとんど動いていない・・・ というと語弊がありますけど、顕在意識と潜在意識とが繋がったスピリチュアルで生きていなくて、カウンセリングとかしても顕在意識の願望や悩みばっかりで、とても薄っぺらいのですよね。カウンセリングなんて意味あるのかなぁ・・・ とか思ってしまいます。あまり意味ないのかなぁ、という感じです。

そんなスピリチュアルなお話で過去を当てたり物事の原因を突き詰めるより、そんなことは忘れて、人生を生き生きと感謝と愛を持って生きる方が何倍も重要なのだと思います。スピリチュアルで相手を見抜くだとか心を読むだとか・・・ くだらないです。まあ、たまには余興でいいですけどね。その程度です。ちょっとしたお遊びみたいなものです。

結局、顕在意識だとか願望だとかそういうところを超えなくてはいけないのであって、幽体離脱とかのところで止まっているとその先に辿り着かないのかなぁ、という気も致します。