神様の愛と感謝を受け止める段階から能動的に感謝する段階へ

2022-05-17
トピック:スピリチュアル: 瞑想録

(続き)

この辺り、わかりにくいかもしれませんので順番を追って段階的に記します。

■第一段階

元々は、エゴ(自我)が胸の奥のハイヤーセルフの溢れ出る感謝と愛を受け止める、受動的な状態でした。

それが安定すると、次の段階が訪れます。

■第二段階

エゴ(自我)がハイヤーセルフの感謝と愛によって十分に満たされると、それに伴い、エゴが純化され、ハイヤーセルフが優勢になります。ハイヤーセルフが拡大します。その時、エゴ(自我)は核としてハイヤーセルフの中に留まります。

元々、第一段階であったとしてもエゴ(自我)とハイヤーセルフの感謝とは物理的・三次元的な場所としては同じ場所にあってその意味では元々分離はないのですけど、第一の段階ではまだ感覚的に、どこかまだ一体として動いていなくて、エゴ(自我)とハイヤーセルフの感謝とは受ける側(エゴ)と(感謝を)与える側(ハイヤーセルフ)という分離が若干はまだ存在していたように思います。

第二段階になると、エゴ(自我)とハイヤーセルフの感謝との分離はほとんどなくなって、エゴがハイヤーセルフの核として安定して存在するようになります。

ここでいうエゴとは純化されたエゴ(自我)で、ハイヤーセルフを信頼しており、ハイヤーセルフの愛と感謝を常に受け止めているエゴです。このエゴは満たされていてハイヤーセルフの愛あるいは神様の愛に常に感謝しています。


この第二段階で、神様への感謝とは何であるのか、を知ります。

第一段階では、神様からの愛、あるいはハイヤーセルフからの愛と感謝を(エゴが)受け取って「あぁ、ありがたい」と受動的に頂く段階でした。

第二段階では、エゴ(自我)が能動的になって、神様からの愛あるいはハイヤーセルフの愛と感謝と共に、周囲の空間全て、それはつまりは神様ということですけど、周囲の全てが神様と認識して、周囲の神様に向かって「ありがとう」と、エゴの側から神様に向かって感謝する、という、能動的な段階になります。

キリスト教や幾多の宗教で「神様に感謝しましょう」とは、この段階を意味するものなのかもしれません。

第一段階の、神様の愛を受け取ることもそれはそれなりに難しいとは思うのですけど、この第二段階になってみると、これもまた、なかなか説明が難しいことであるように思います。

宗教がいうように「愛しましょう」とか「感謝しましょう」などというのは簡単ですけど、実際には、ハイヤーセルフ(あるいはアートマン、など言い方は色々とありますが)と繋がらなくては神様の感謝とか愛がわからないのだとしたら、なかなか階梯としては大変だなぁ、と思うわけです。

■補足
ですけど、それほど悲観的になる必要はなくて、こんな小難しいことを理解しなくても、特に日本の場合は、特に女性は生まれながらに愛と感謝を知っていて普通に毎日を神様と繋がって生きていますので、そんなに気にする必要はないのかもしれません。理屈というのは一応あるにはありますけど、愛と感謝を知っている女性からすれば「何を小難しいこと言ってるの」みたいな、当たり前すぎるお話だったりします。