トラウマが呪いによるものである場合、自分に原因はない(分割2/7)


(前回からの続き)

呪いをかけられると、呪いのオーラの塊が飛ばされてきて他人のオーラの表層に張り付きます。体からちょっと離れた場所に吸い付くように呪いの術式が取り付いて、呪われた人が特定の思念を発するのと同調するようにして呪った時の思念が再現されるわけです。その発動トリガーは呪う人が呪う時にトリガーになった思いと同じですので、呪う側が特定の場面に対して怒りや憎しみを感じていたとしたら、その同じトリガーで同様の憎しみがトラウマとして再現されることになります。

ですから、トラウマの思念は、それが呪いであるとして誰かから呪われたものである場合、本人が原因のものではなくて、他人に責任があるものなわけです。呪ってきた人が不愉快な思いをして呪ってきたその思いがそのまま思念波として再現されるわけで、呪われてトラウマになってしまった人は被害者であるわけです。

ですけど、この辺りの理解が一般にはあまり広まっていないために、例えばですけど、よくあるのは恋敵を呪うと言うパターンですけど、呪った方は恋敵を排除することで美人やイケメンを手に入れることができて、呪われた方は苦しんでトラウマを感じるようになり、メンタルに異常をきたすようになってしまうわけです。

いくつかの結婚を観察してみたところ、とても「(一見すると)いい性格の子」が結婚する場合、その結婚相手がこうしてライバルを呪って蹴落としている場合がそれなりにあって、でも、(一見すると)性格がいい子はそんなことに気が付かなくて、結婚相手を「(一見すると)とても良い人」だと思っている場合が割とあるように思います。何故にそんなことが多いのかな・・・ と思って少し観察したことがあったのですけど、そういう場合は、ライバルを呪うことはあっても一応は結婚相手のことは愛しているので呪わないので「いい人」とみなされているようです。とても制限された、その人に対する愛が一応はあるようです。そうは言っても、その「(一見すると)とても良い人」はライバルを呪ったり蹴落としたりしているわけで、実際にはそんな良い人ではなかったりするわけですけど、「いい性格の子」はそんなことに気づいていなかったりします。更に観察すると「いい性格の子」と私が思っていた人は、結局は自分が快適ならばそれで良い、みたいな割と浅い考えの子だったりしますので、結局、視野が狭い人同士が実は結婚していたりして、似たもの同士がくっつくのならば、まあ、そんなものか・・・ と思ったりもします。この種の呪いは片方だけがすることが多いように思いますので、片方は割と視野が狭いものの一応は純粋な子で、もう片方はライバルを呪って蹴落としてその子だけを愛する、みたいなパターンが割と多いのでしょうかね。そんな純粋な子はあまり視野が広くないこともあるように思います。純粋な子とは言っても割とわがままだったり、大人しそうに見えても不機嫌になるとキレたりヒステリーを起こしたりして、一見すると純粋そうに見えても、実は割と似たもの同士がくっつくということになっていることもあるのかもしれません。あるいは、全てを分かった上で、自分に対してはそれほど危険がない人なので住居の確保と日常生活における安全の確保のために選択しているという頭のいい人もいるにはいるように思えます。そうして、ライバルを呪って蹴落として美人やイケメンを手に入れているパターンがそれなりにあるように思えます。

ただ、理由はどうであれ、呪われる側からするといい迷惑なわけです。対処方法は人それぞれかと思いますけど、しつこい人は延々と攻撃してきたりしますので、攻撃者が近くにいるような人は丸ごと全員、関わらないと言うのも手です。私は割とそのように、丸ごと関わらないようにしています。ですから、めんどくさい人が近くにいると、良い人も嫌がって丸ごと離れていくという場合がそれなりにあるように思います。

ですから、良い関係を周囲と保って行きたいのならばめんどくさい人をそもそも近くに置かないと言うのは大切で、身の回りの人間関係の整理というのは必要のように思います。

補足しますと、スピリチュアルな人はよく責任論のお話を「自分も他人も区別はないのだから全て自分が引き寄せたもの」みたいなお話をして呪いを享受してしまったりしますけど、確かにそれは究極的にはそうなのですけどこの現実を生きる上では他人との区別というものは存在しておりますのでいちいち他人の呪いを引き受けていたら自分の生活が成り立ちませんし、そもそもそういうお話であれば貰ってしまった呪いを本人に返してしまったとしても「自他の区別はない」のだから返そうが返すまい変わりがないわけです。呪いをどう扱おうがどちらにせよ同じなのでありますので呪いを本人に返してしまっても全く問題ないわけです。この種の「自他の区別はない」というお話は自己正当化の言い訳あるいは厄介事を他人に押し付けるための口実に使われていることが多々ありますのでそのような詭弁のようなお話に乗って呪いを引き受けてしまうことなく、呪いに対してはきっちりと対処すべきなわけです。プラーラブダ・カルマ(一度発動してしまったら継続する種類のカルマ)がありますので引き寄せの法則はあるにはあるのですけど、永久にそのまま享受しなくてはいけない、というお話にはならないわけです。

(トラウマと呪いのシリーズ、2/7です。続きます。)